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最新版)映画マニア100人に聞いた!おすすめ映画100選(口コミ/あらすじ付)

「面白い映画ないかな〜」とネット検索しているあなたへ、映画マニア100人がおすすめする映画をまとめましたので、ご覧になって見てください!

有名作品から隠れた名作まで幅広く紹介していきます。

6才のボクが、大人になるまで。

〜あらすじ〜
両親が離婚している6才のメイソンJr.は、姉サマンサとともに、母親オリヴィアの故郷ヒューストンに引っ越すことになる。バンド活動にうつつを抜かす父親メイソン・シニアは、曲作りのためにアラスカ州に旅立ったものの、結局アメリカ本土に舞い戻り、定期的に子供達と会うようになる。 オリヴィアは職を得るために大学で心理学を学ぶが、そこで教授のウェルブロックと再婚し、教授の2人の連れ子と共に6人の生活が始まる。だがウェルブロックが酒を飲んで暴力をふるうのを見て、オリヴィアは子供2人と家を飛び出す。オリヴィアは大学の教職に就き、メイソン・シニアは恋人と再婚し、赤ん坊も生まれる。 メイソンJr.は思春期を通して、反抗期や失恋を経験し、やがて写真撮影に没頭するようになる。家を出て、大学の寮に入った日、メイソンJr.はルームメイトたちとビッグ・ベンドにハイキングに行く。

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少年の成長を12年にわたって撮影した、とても珍しい映画です。キャストも全員変わっていません。
とても面白かったです。少年が成長する様子がとても自然に見えるように編集されていました。お父さんを演じるイーサン・ホークが良かったです。面白く、軽い感じがしますが、息子や娘を大事に思う気持ちは本物だということが伝わってきました。
家族の絆の強さがわかるいい映画だったと思います。

GO

〜あらすじ〜

在日韓国人の杉原はかつては朝鮮学校に通っていたが、現在は日本の学校に在籍する高校3年生の男子生徒。
父親譲りのボクシングのセンスと元来の性格から、ケンカに明け暮れる毎日を送っていた。クラスメイトの加藤は父親が反社会的勢力に所属していることもあり、何かと気の合う友人でいつも杉原とつるんでいた。

ある時、加藤が開いたパーティーで、杉原は美しくもどこか陰りを帯びた眼差しの少女・桜井と出会う。彼女の純真無垢な振る舞いや言葉に惹きつけられていく杉原は、自暴自棄に生きてきた自分自身の生きざまを見つめ直していく。

そんなある日のこと、杉原にとっては朝鮮学校時代の親友であるジョンイルが殺害される事件が発生する。在日韓国人と地元の日本人たちの対立が深まっていく中で、杉原は自らの出生を桜井に打ち明けました。突然の告白に戸惑いを隠すことが出来ない桜井は、杉原の前から姿を消してしまう。1度は離れ離れになっていくふたりを、意外な出来事が結び付けていく。

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この作品は2000年に上映され、主人公が在日韓国人で生活をしていく上で日本人に対して思うこと、なぜ自分は「在日」と呼ばれなければならないのかなど世の中の不満を全て吐き出した作品になっております。 作中に登場するシェイクスピアのロミオとジュリエットのセリフで「名前って何?薔薇と呼んでいる花を別の名前に変えても美しい香りはそのまま。」このセリフはこの「GO」という作品にものすごく当てはまる言葉でとても感動をします・ 皆さんも是非一度、「GO」を鑑賞してみてはいかがでしょうか?

SAW

〜あらすじ〜
目が覚めるとそこは老朽化したバスルーム。部屋の中央には死体。対角線上には足を鎖でつながれた2人の男、ゴードンとアダム。 犯人が突如として始めたゲーム。「君たちは死につつある」「6時までに相手を殺すか、自分が死ぬか」。 与えられたのは、謎の猟奇殺人鬼「ジグソウ」からのメッセージが入ったカセットテープとテープレコーダー、弾丸1発、タバコ2本、着信用携帯電話、ノコギリ2本、写真。2人は犯人が部屋に残したヒントを手掛かりに、脱出しようとする。 一方、ジグソウを追っていたタップ元刑事は、異様な殺人現場に残された手がかりをもとに、ジグソウを徐々に追い詰める。

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この映画は、様々な「思惑」が行き交う所がポイントとなる映画です。突然捕らえられたゲーム参加者の思惑、ゲームを仕掛けた「ジグソウ」なる人物の思惑、そして監督であるジェームズ・ワンの制作に際しての思惑など、様々な角度から楽しむことができ、それぞれが異なる表情を見せてくれます。張り巡らされた伏線が一気に回収されたとき、その綿密さに思わず声を漏らしてしまうほどです。

TOP GUN

〜あらすじ〜
ピート・ミッチェル(コールサイン:マーヴェリック)はアメリカ海軍の艦上戦闘機・F-14のパイロット。秘匿事項とされた父親の謎の死の影を引きずり、野生の勘を頼りにした無鉄砲で型破りな操縦を行うパイロットである。 天才的な直観力と技量を持つ彼は自らとは全く対照的な、どこにでもいるような心優しく、陽気なレーダー要員グースを相棒として僚機のクーガー/マーリンと共に、インド洋上での国籍不明のMiG-28との実弾を交わさない空中戦を行なっていた。

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青春時代に見た映画です。今までに何度見直したかわかりません。戦闘機の技術の競い合い。若さゆえの過ち、恋愛など全て詰め込まれていて最初から最後までとってもいい作品です。主人公がバイクで駆け抜けるシーンにはあこがれて同じバイクが欲しくなりました。かなりの時をへて本作の続きが決まりましたので今から楽しみにしています。

Uボート

第二次世界大戦中の1941年秋、ナチス・ドイツの占領下にあったフランス大西洋岸のラ・ロシェル港から、1隻のUボート「U96」が出航する。彼らに与えられた任務は、大西洋を航行する連合国護送船団への攻撃であった。報道班員のヴェルナー少尉はUボートの戦いを取材するため、歴戦の艦長と古参のクルー、若者ばかりの水兵を乗せたU96に乗り込む。荒れ狂う北大西洋での孤独な索敵行、ようやく発見した敵船団への攻撃と戦果、海中で息を潜めながら聞く敵駆逐艦のソナー音と爆雷の恐怖、そして目の前に突きつけられた死に行く敵の姿。疲労したU96の乗組員たちはクリスマスには帰港できることを願うが、母国から届いた指令はイギリス軍の地中海要衝であるジブラルタル海峡を突破してイタリアに向え、という過酷なものであった。中立国スペインのビゴにて偽装商船から補給を受けたU96は、敵が厳しく警戒するジブラルタル海峡突破に挑む。艦長、ヴェルナー少尉、そして乗組員たちの前には非情な運命が待ち受けていた。

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1980年代に西ドイツで制作された戦争映画で、後にハリウッドでブラピ主演でトロイを撮ることになるウォルフガング・ピーターゼン監督の作品です。第二次世界大戦中のUボートを舞台に、物凄い緊迫感と人間模様が描かれた戦争映画の傑作です。上層部の戦争指導に疑問を隠さない艦長が、それでも戦いには積極的に臨むという騎士道精神にも通じる物語は、重厚かつエンタメ性も抜群です。さらに諸行無常を思わせるラストも日本人好みではないでしょうか。

X-MEN: フューチャー&パスト

センチネルと呼ばれる対ミュータント用のロボット軍隊が、ミュータントと彼らに協力する人間たちを討伐する2023年。他人の精神のみを過去の自身に送り返すことが出来るキティ・プライドの能力によって、彼女と数名のミュータントは度重なる攻撃を逃れ生き残っている。キティたちはモスクワで襲撃を受けるが、辛くも窮地を脱出し中国の修道院でストーム、ウルヴァリン、プロフェッサーX、マグニートーと合流する。ミュータントたちはウルヴァリンの精神を1973年へ送り返し、センチネル創造のきっかけとなったミスティークによるボリバー・トラスク博士の暗殺を食い止める作戦について話し合う。暗殺は成功したがミスティークは捕えられ、彼女のDNAがセンチネルの設計へと利用された経緯が語られる。プロフェッサーXとマグニートーはウルヴァリンに当時の自分たちへ協力を求めるよう助言する。

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ヒーロー物はほとんど観ませんが、この映画だけは別です。 今の世相と、地球の未来への警告が見事に表されていると思います。 社会の価値観から外れたミュータント、その特異な才能を世界征服のために利用しようとする人、恐れで支配された二極化した社会。 画一的で効率重視の社会を目指すのではなく、個々の個性を尊重し、お互いに補い合う社会こそが、あるべき姿なのだと思いました。

アベンジャーズ:エンドゲーム

2018年、タイタン星人サノスによるデシメーション(インフィニティ・ストーンの力を使った大量殺戮)で全宇宙の生命の半分が消し去られてから3週間。宇宙を漂流していたトニー・スターク(アイアンマン)とネビュラは、先んじてアベンジャーズに合流していたキャロル・ダンヴァース(キャプテン・マーベル)の助けで地球に戻った。スティーブ・ロジャース(キャプテン・アメリカ)をはじめとするアベンジャーズの生存者たちと、キャロル、ロケット、ネビュラは、失った者たちを取り戻すために、再度使用されたというインフィニティ・ストーンの波紋をたどり、隠遁していたサノスを急襲する。しかしインフィニティ・ストーンはサノスの手で破壊されており、失った者たちが戻ることはなかった。ソーの手でサノスにとどめが刺され、1つの戦いの区切りがつく。

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それまでのアベンジャーズシリーズだけでなく、マーベル映画はほとんど観ていたので、キャラクターもあらすじもよくよく理解していました。前作のインフィニティ・ウォーの終わりが衝撃的だったからどう終わるのかと思ったけど、濃い3時間だった。最後の最後まで二転三転して、全く間延びを感じさせなかった。迫力は言わずもがな、あちこちにファンが喜ぶ要素を散りばめられていて非常に良かった。

コンボイ

1台のタンク・トレーラーを牽引した大型トラックが走っていた。だが、運転する通称”ラバー・ダック”と数人の運転手仲間は保安官ライルとふとしたきっかけでトラブルになり、車載のCB無線で事情を知った多くのトラック仲間達が愛用するトラックで集まりコンボイを形成した。 それを取り締まろうとするライルを含めた司法機関や、利用しようとするマスコミや州知事関係者とのやりとりを描く。

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かなり前の作品ですが「コンボイ」という映画が有ります。東映の「トラック野郎」と、ほぼ同時期のアメリカ映画です。最初は主人公と1人の保安官の小競り合いだったのが、段々と規模が大きくなり、州知事や軍隊を巻込んでの騒動に発展し、最終的に仲間達を守る為に彼の取った「ある行動」が悲しみを誘います。日本の映画には無いスケールの大きさと緊張感が伝わってきます。

アラジン

アグラバーの町で猿のアブーとともに暮らす貧しい青年アラジン。市場へ繰り出しては盗みを働いていた彼は、ある日、変装した王女ジャスミンと出会う。アラジンは侍女のふりをしたジャスミンと心を通わせるが、アブーが彼女の母の形見である腕輪を盗んだことで幻滅されてしまう。アラジンは腕輪を返すために王宮に忍び込み、ジャスミンとの再会を果たすが、衛兵に捕らえられる。国務大臣のジャファーは、ジャスミンが王女であることをアラジンに教え、チャンスを与えると言って、魔法の洞窟に入って魔法のランプを取ってくるよう命じる。

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実写版でナオミスコットがジャスミン役できれいでした。歌もとても上手でした。ジーニー役がウィルスミスでしたが魔人の役を人間がやるのはどうかと思ったのですが最高にはまっていて良かったです。本格的な舞台セットでしたので大迫力がありました。ジーニーが人間になって自由になったのでジャスミンの付き人と結婚したのが良かったです。

アルマゲドン

20世紀末、宇宙空間で人工衛星を修理中のスペースシャトル「アトランティス」との交信が、突然途絶えた。直前の映像を解析した結果、流星雨(Meteor shower)の直撃を受けたことが判明。この流星雨は地球の大気圏を突破して、アメリカ東海岸からフィンランドに至る範囲に降り注ぎ、ニューヨークなどの都市に壊滅的打撃を与えた。さらなる調査によって、これはテキサス州の大きさに匹敵する小惑星が、小惑星帯(Asteroid belt)へ衝突したことに伴うもので、しかも問題の小惑星は約18日後に地球へ直撃し、地球環境に致命的打撃を与えバクテリアすら生き残らない死の惑星へ変えてしまうとも判明する。

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映画アルマゲドンを始めてみたのは高校1年生の頃。物語終盤の主人公とその娘のやり取り、主人公の娘に対する恒久的な愛情に私は大号泣。私はまだ自分の家族というものを持ってはいないが、きっと子どもを持つ人ならだれもが、自分の命を犠牲にしてでも子どもの幸せな未来を最優先させるのだと考えると、人間の温かさを深く感じた。

インセプション

ドミニク・コブ(通称コブ)とアーサーは、標的の無意識に侵入する軍の実験段階の技術を用いて標的の夢から重要情報を引き出す、「引き出し人」と呼ばれる産業諜報員(産業スパイ)だった。ところが、今回の標的である日本人実業家サイトウは、コブが標的の無意識にある考えを植え付ける (inception)、遂行困難な仕事をこなせるか試したという。 病気である競争相手モーリス・フィッシャーが経営するエネルギー複合企業を破滅させるため、サイトウはコブにモーリスの息子にして後継者であるロバートに父親の会社を解体させるよう、納得させることを依頼する。サイトウは、見返りとしてコブの殺人容疑を取り消してコブが子供たちの待つ家に戻れるよう、影響力を行使することを約束する。コブは依頼を引き受け、口達者な「なりすまし人」イームス、夢を安定させる強力な鎮静薬を調合するユスフ、亡き妻の父であるステファン・マイルズ教授の助けで勧誘した、夢の中に設置する迷宮を設計する建築学科の学生アリアドネで組織を組む。アリアドネは、入り込んだコブの夢の中で亡き妻モルが侵略的に投影されていることを知る。 モーリス・フィッシャーがシドニーで亡くなり、コブたちは鎮静薬を投与して夢に侵入するため、ロバートをロサンゼルスまでの飛行時間10時間の便に乗せる。サイトウは、コブが成功するのを確認するために同行する。

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私は多重夢を見ることがあります。夢の中でまた夢を見ているという夢。インセプションは夢の中の夢、さらにその中の夢へと入っていく映画で、物語が進むに連れて夢の中の話なのか現実なのか分からなくなっていく奇妙さに引き込まれました。最後はスッキリする終わり方ではなく、観客に考えさせる終わり方なので、最初から最後まで頭を使う楽しさがあります。自分が多重夢を見るときに、この映画を思い出して怖くなります。

インターステラー

近未来。地球規模の植物の枯死、異常気象により、人類は滅亡の危機に晒されていた。元宇宙飛行士クーパーは、義父と15歳の息子トム、10歳の娘マーフィー(マーフ)とともにトウモロコシ農場を営んでいる。マーフは自分の部屋の本棚から本が勝手に落ちる現象を幽霊のせいだと信じていたが、ある日クーパーはそれが何者かによる重力波を使った二進数のメッセージではないかと気が付く。クーパーとマーフはメッセージを解読し、それが指し示している秘密施設にたどり着くが、最高機密に触れたとして身柄を拘束される。

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2014年クリストファーノーラン監督の作品です。 人類の移住先を探すため、宇宙を旅します。SF作品ですが、相対性理論や科学的な側面からもリアリティを追求してます。豪華キャスト、主人公の娘(物語のキーとなる)を演じるマッケンジーフォイは主役を演じる女優に成長しました。あどけない子役時代の演技も光るものを感じさせてくれます。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝 永遠と自動手記人形

……大切なものを守るのと引き換えに僕は、僕の未来を売り払ったんだ。 良家の子女のみが通うことを許される女学校。 父親と「契約」を交わしたイザベラ・ヨークにとって、 白椿が咲き誇る美しいこの場所は牢獄そのもので……。 未来への希望や期待を失っていたイザベラの前に現れたのは、 教育係として雇われたヴァイオレット・エヴァーガーデンだった。

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全体的に空気が暖かいイメージが始まりから湧いてきました。ヴァイオレットの美しさや純粋さに引かれイザベラの寂しさに涙が出て、テイラーのまっすぐな心を応援したくなりました。 離れた2人の心を繋ぎとめたヴァイオレットが紡いだ手紙は時間を越えて3人の思いを届けたのだなっと思いました。ベネディクトがちょいちょい良い所を持っていくのがなんともリズムを刻んでいる様で見ていて楽しかったです。
冒頭から背景の美しさに見とれていました全編通して美しい。主人公ヴァイオレットの心の揺らぎがとても心に響き。イザベラの悲観がヴァイオレットに出会ったことで少し和らいだが、もう会うことが無い2人に切なくなりました。話が進むにつれて物語の背景も見えていきテイラーの登場で嗚咽が出るくらいの号泣しました。最後にはヴァイオレットの心が創り出したそれぞれの手紙を通して人々の心が繋がりが見えてとてもホッコリしました。映画だけど手紙の様に長く心に刻まれるそんな物語だなっと思いました。
映画はよく見るのですが最近見た映画の中でもダントツで満足度が高かったです。 まず誰もがぱっと見で感じられると思うのですが作画が本当に素晴らしいです。 肌のきめ細かさだったり、瞳の美しさ、髪のツヤ感など、どこを取っても素晴らしい出来栄えと言えます。気になったら一度検索してみてみてください。 もう一つがシナリオの構成が最高なことです。 随所随所に泣けるポイントが散りばめられていて、私も上映中は泣きっぱなしでした笑 吉田玲子さんが担当してるんですがこの方の作品はハズレがないですね。 この感想を見て少しでも興味を持ってくれた方は是非劇場に足を運んで見てみてください!

ウルトラミラクルラブストーリー

青森の田舎で祖母の農作業を手伝う少年のような青年水木陽人。 ある日事故で亡くなった元彼のことが忘れられず事故の際行方知らずとなってしまった彼の首を探すためカミサマを訪ね神泉町子がやってきた。 町子に一目ぼれししつこくアプローチする陽人だったか全く相手にされない。 そんなある日子供と遊んでいるうちに農薬を被ってしまう陽人。軽度の発達障害を患っていた彼は農薬のおかげで礼儀正しくなり、町子とも人並みに話せるようになるのであった。 陽人は町子に好かれようと農薬を浴び続け、ついには心肺停止になってしまうのだが・・・

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この映画は題名の通り、とある若い男女のウルトラでミラクルなラブストーリー。はっきり言って意味不明なのだが、なんとも意味深な雰囲気がこの映画の魅力とも言える。 舞台は青森県のド田舎で、新しく幼稚園に赴任してきた町子と、町子に一目惚れした陽人との一方的なアタックから始まる。 陽人は恐らくADHDと呼ばれる多動性障害を持っているが、ひょんあことから農薬を浴びた時にその衝動がおさまり好青年へと性格が変わる。町子に好かれようと、何度も農薬を浴び続ける陽人は頭がおかしい。頭がおかしいなりの、純粋な恋愛観だ。なんともウルトラな恋心である。 ちなみに陽人は農薬を浴びすぎて死んでしまうが、心臓が止まりながらも再びいつものように生活を続けて町子の前に現れるというミラクルを起こす。 ミラクルの一言で片付けていいのかというつっこみをしたいところだが、劇中で描写されない部分の考察をする楽しみを存分に残している映画である。 陽人は劇中で二度死ぬ。二度死ぬまでの物語は果たして現実か空想か、どこまでも思考をやめさせてくれない物語は、考察する側を疲れさせるほどだ。 死ぬほど暇な方におすすめの映画である。

エベレスト 3D

ヒマラヤ山脈に位置する世界最高峰エベレストの登頂ツアー。世界中の登山家たちを魅了し続けているその山にベテランの登山家たちが挑みます。見事登頂を成功させますが、道具の不備や参加者の体調不良などが重なり、下山が大幅にずれ込むことに・・・。さらにそんな中、参加者たちを猛烈な嵐が襲います。 そして死の領域と呼ばれるデス・ゾーンでは仲間たちが離れ離れになってしまいます。自然の猛威が襲い続ける中、彼らは生き残って無事生還することはできるのでしょうか。

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何より映像の美しさにうっとりと見入ってしまいます。 出演者の演技もとても自然で、実際にあの悲しい事故を至近距離で目撃しているような臨場感があります。 それぞれの役上での性格、信念、人生のバックグラウンドが、ストーリーが進む中で少しづつ浮かび上がってきて、一人一人に感情移入していくと、また違う視点からの発見があって、ついつい何度も見返してしまいます。

カウボーイビバップ天国の扉

2071年、火星政府。アルファシティ。タンクローリー車の炎上事故が発生。死者72名、意識を失い倒れる人が続出した。政府の見解ではバイオ・テロと発表。その場に偶然、居合わせたフェイ・バレンタイン(林原めぐみ)は、タンクローリーから降りてきた謎の男を目撃。自らが追う、賞金首のハッカーとは別人であったため驚く。 一方、スパイク・スピーゲル(山寺宏一)は、宇宙船「ビバップ」号にいてTVでタンクローリーの炎上事故を知ります。その犯人に3億ウォンの報奨金がかけられているため関心を持つ。スパイクは、先日、相棒ジェット(石塚運昇)とコンビニ強盗を捕まえたが、最近カップラーメンばかりでもっとましなものが食べたいと思っていたのだ。

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とにかくカッコいいの一言に尽きるアニメ作品。主人公スパイクがおちゃらけつつも、やることはしっかりやる怠け者であるのが味。飛行機でドックファイト、モノレールで謎の女エレクトラと謎の男ヴィンセントとスパイクが乗っているのに爆発してスパイクが川に落ちたて死んだかと思ったり。ヴィンセントが殺人ウィルス撒こうとした瞬間に現れるおじいちゃん飛行士のゆるさとか。ハラハラドキドキの展開がやってきた!っと思ったら犬と少女が気の抜けた声で和ませたり。締めるとこ締めて緩い時はそのあとの展開が激しく。見終わると息切れしている映画でした。

がっこうぐらし!

シャベルを愛する恵飛須沢胡桃(阿部菜々実)、ムードメーカーの丈槍由紀(長月翠)、みんなのリーダー的存在の若狭悠里(間島和奏)は、私立巡ヶ丘学院高等学校・学園生活部に所属する女子高生。学校で寝泊まりし、24時間共同生活を送る学園生活部で“がっこうぐらし”を満喫中だ。 しかし元気いっぱいの由紀を、教室の外から胡桃と悠里は心配そうに見つめている。そこには、机や椅子が無惨に倒された教室にぽつんと立つ由紀の姿が……。床には割れたガラスの破片が飛び散り、カーテンや黒板には血の跡がベッタリ。そして校舎の中庭には痛みを感じない“かれら”がうろついている!学園生活部の活動とは、すなわち“かれら”の脅威から身を守りサバイブすること。ある日、食料を調達しに行った胡桃と悠里は、ひとり生き延びていた直樹美紀(清原梨央)を発見、一緒に暮らすことになった。だが、そんな日々も長くは続かず……危機が彼女たちに襲いかかる!!

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漫画原作の実写化作品ですがとても出来が良くて面白い映画です。ジャンルとしてはホラー映画ですが、学園青春ものとして見ることができます。主演はこの作品が映画デビューのラストアイドルのメンバー達ですが、最初のうちの初々しい演技が物語が進むにつれて役とシンクロしていく様子も見所です。配役もキャラクターに合っていることもあって、どんどん物語に引き込まれて感情移入してしまうと思います。

カメラを止めるな!

とある郊外の廃墟でゾンビものの自主映画の撮影が行われていた。その建物には、かつて日本軍が死体を蘇らす実験をしていたという忌まわしい都市伝説があった。クライマックスシーンの撮影中、監督はヒロイン役の女優の演技に本物の恐怖が足りないと苛立ち、建物の屋上に血糊で禁忌のサインを描く。すると、カメラマンが血まみれのゾンビと化して、ほかの撮影スタッフも次々と犠牲になっていく。狂気に取りつかれた監督は、逃げ惑う女優たちを追いかけ、ハンディカメラで撮り続ける。屋上に追いつめられた女優は、ゾンビ化した恋人の首を斧ではね、ついには生身の監督にも刃を振り下ろす。生き残った彼女は屋上に描かれた五芒星のサインの上で立ち止まり、惨劇の余韻に浸るように、返り血に濡れた顔で空を見上げる。 このラストシーンの後、ここまでの映像が、実は、ゾンビ映画専門チャンネルの開局記念番組として企画された「30分間生放送、カメラ1台でワンシーン・ワンカット撮影」というゾンビドラマ『ONE CUT OF THE DEAD』の映像であったこと、すなわち劇中劇であったことが明かされる。そして場面は、この撮影・放送より前の時間軸に遡る。 放送1か月前、映像監督の日暮隆之はこの番組のオファーを受け、一度は断ったものの、娘の真央が好きな俳優が出演すると知り、監督を引き受ける。ヒロイン役は業界慣れしたアイドル女優、恋人役は理屈っぽいイケメン男優、脇役も一癖ある役者が揃い、生放送で放送事故を起こさぬよう、カメラマンや現場スタッフを交えて撮影手順のリハーサルを重ねた。しかし、本番当日になって監督役とメイク役が交通事故でロケ地に到着せず、芝居経験のある日暮と妻の晴美が代役を演じることになる。 本番が始まってからも予期せぬトラブルが続出。カメラマン役やマイクマン役が勝手な行動をとり、撮影隊のカメラマンは持病の腰痛で動けなくなり、メイク役の晴美は芝居にのめり込んで暴走する。その都度、役者のアドリブで間を繋ぎ、裏方の指示で台本のシーンを飛ばしたりして、何とかストーリーを進行していく。見学に来ていた真央もスタッフに加わり、普段は見ることのできない日暮の映像作家としての気概に触れる。 そして迎えた屋上のラストシーンも、カメラクレーンの破損というトラブルが起きるが、スタッフ・役者一同が人間ピラミッドを組み、その頂上で真央がカメラを構えて予定のハイアングルカットを撮り、無事撮影を終了した。この機転は、日暮が台本の裏に貼っていた家族写真を見て、真央が思いついたものだった。その写真の中では、カメラを手にした幼き日の真央が日暮に肩車され、ふたりで笑いあっていた。

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ちょっとB級な映画なのでしょうか?始まりは、そんな感覚がしました。 一見おちゃらけた登場人物、異様な現場…しかし、見ていくにつれ、これはもしかしたら一筋縄ではいかない映画なのではないかと、感じられました。一見バタバタしているように見える登場人物の動きも、おかしさが相まってどんどんハマっていきました。 そして、物語は後半へ… ドキュメンタリーにての、後半は「あぁこういうことだったのか!」と見る者を驚かせます。 後半ありきの前半のように感じますが、実は見終わってからもう一度見ると、前半部分が本当に面白く感じます。 テンポと良さと、設定の面白さには今までになかった体験をさせてくれて、ぐいぐいと映画へと入り込んでいきます。 設定もさることながら、役者が生々しくて本当に面白いです。 これだけの低予算で、楽しませてもらえる映画は他にはないと思いました。 新鮮な映画でした。

カラスの親指

タケこと武沢竹夫はやさぐれたベテランの詐欺師。元はまっとうなサラリーマンだったが、闇金の取り立てで職を失う。なし崩しに借金取りにさせられヒグチというヤクザに追い込みを命じられる。その結果、娘を抱えた母親が自殺。良心の呵責から経理資料を警察に持ち込んだ結果、ヒグチたちは逮捕されたが、タケは自宅を放火され幼い娘を失う。なにもかも失ったタケは自殺を図ろうとするも死にきれず、復讐を恐れ逃げ回る生活を余儀なくされていた。 そんなとき、鉄橋で下をのぞき込む男(テツ)を見かける。自分も追い詰められた過去を持つタケはテツを拾い、二人はコンビを組んで仕事を重ねる。競馬場で一仕事終え、ラーメン屋で食事をしていた二人は住んでいるアパートが火事になったことを知り慌てて逃げ出す。 タケとテツは綾瀬に一軒家を借りて新生活を始めた。上野での一仕事のあと、二人は仕事に失敗したスリの少女(まひろ)を見かけて逃がしてやる。その後、まひろから生活に窮していることを聞かされたタケは一万円札を渡し、困ったことがあればウチに来いと誘う。 ある朝二人が目覚めると若い3人の男女が茶の間に勝手に上がり込んでいた。それはアパートを追い出されたまひろと、美人だが常識も生活力もない姉のやひろ、そしてやひろの恋人で図体はデカいが気が小さい元イジメられっ子で失業中の時計職人貫太郎だった。 貧乏人同士助け合おうというタケの提案で5人は共同生活を始める。 子猫の「トサカ」も加わり、家族のように暮らす5人だが、平和な日々は長くは続かなかった。怪しげな車が様子を伺うようになり、ボヤ騒ぎが起きる。そして、「トサカ」が姿を消し、変わり果てた姿で発見される。 5人はヒグチへの復讐を企てる。だが、その後明らかになったのは思いも寄らないとんでもない事実だった・・・。

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僕自身、阿部寛が好きで『トリック』は勿論、『結婚できない男』そして、『テルマエロマエ』 阿部寛は順調な俳優人生で、実は波瀾万丈な所も魅力的です。 紹介しているカラスの親指ですが、助演になんと、お笑いの村上ショージを起用している所が好きで、役もぴったり当てはまっていると思います。  一言でいうと。 「ああ、最後まで見て良かった。映画で幸せな気持ちになれたです。」

ギャラクシー街道

西暦2265年、木星と土星の間に浮かぶスペースコロニー(宇宙空間に作られた人工居住区)「うず潮」と地球を結ぶスペース幹線道路、通称“ギャラクシー街道”。かつては活気があったが、開通して150年、老朽化が著しくそろそろ閉鎖の噂も聞こえている。街道の中央にひっそりと佇む小さなハンバーガーショップ、サンドサンドバーガー・コスモ店を舞台に、今日も様々な星から宇宙人たちがやって来る。そこで働く人々と客たちが織りなす、宇宙人模様。宇宙人たちが織りなすファンタジー作品である。

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観るほどにジワジワくる玄人好みな感じの笑いがツボりました。今現代では有り得ないシチュエーションでも人間の思考は同じだというところが安定の三谷幸喜ワールド全開で大好きな一作です。個人的にイチオシの見どころは大竹しのぶサンの怪演なんですが年齢を重ねても素敵でいられるのは、その方の根底に根付いたユーモアセンスだと教えてくれるところが何度も観てしまう部分です。

クラウド アトラス

1849年、米国の弁護士ユーイング(ジム・スタージェス)は南洋で奴隷貿易の契約を終え、医師グース(ハンクス)と共に帰国の航海につく。その船の中で、密航していた脱走奴隷オトゥア(デヴィッド・ジャーシー)に出会い、一度は断るも、懇願されて助ける。その後、ユーイングは船に積まれた契約金を狙うグースに毒を盛られ、殺されかけていたところをオトゥアに救われたことで考えを改め、奴隷商人の義父ハスケル(ヒューゴ・ウィーヴィング)と決別し、妻ティルダ(ペ・ドゥナ)と共に奴隷解放運動へ身を投じる。

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映画は6つの異なる時代の話を跳びながら進んでいきますが、最初はその展開に着いていけませんでした。しかし点が線を結び、だんだんと頭で理解でき始めると、本当にあっという間に終わってしまった映画でした。 私は映画はストーリー重視で観てしまいがちですが、俳優が異なる多数の人物を演じるという演出が、「輪廻転生」というこのストーリーのテーマに本当にぴったりと合っていると感じます。むしろ、映画以外にどのように表現し得るのだろうかと思うほどです。 悪役が聖人になり、被害者が加害者になり、転生を繰り返し話は進んでいきます。誰かがずっと聖人君子なわけではなく、悪役になり虐げられる人になります。 複雑で、この映画から得うるメッセージは多様です。しかし、だからこそ何度も観返したい映画です。

クリード 炎の宿敵

かつてのボクシング世界ヘビー級チャンピオン、アポロ・クリードの遺児アドニスは、亡き父の親友ロッキー・バルボアの指導の下戦歴を重ね、現王者ウィラードとのタイトルマッチに勝利し新王者となる。 アドニスは恋人ビアンカと結婚し、やがて2人には娘が産まれる。娘はビアンカの持っている聴覚障害が遺伝していた。アドニスは父親になった不安と王者として守るべきものが増えたことに動揺する。 一方、かつてアポロの命を奪ったロシア人ボクサー、イワン・ドラゴはロッキーとの試合に敗れ、国家的英雄としての地位と名誉を失い、ウクライナで貧しい暮らしを送っていたが、息子ヴィクターを最強の戦士に鍛え上げ、ロッキーへの復讐の機会を伺っていた。

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あのロッキーシリーズのクリードの最新作で昔、アポロクリードを殺したドラゴの息子とアポロクリードの息子が対決する内容になっている話しです。新しいストーリーが続編で公開をしつづけるシルベスター・スタローンの代表作品です。まだまだ続編が期待されるシルベスター・スタローンのロッキーシリーズ好きな人なら続編が待ち遠しいです。

クリスタル殺人事件

1953年、ミス・ジェーン・マープルの住むイングランドの片田舎セント・メアリ・ミードは、いつもの静けさが嘘のように賑わっていた。久しぶりに映画に復帰する往年の大女優マリーナ・クレッグや、映画監督である夫のジェイソン・ラッドら、ハリウッドの撮影隊がゴシントン荘に長期滞在し、大作映画「スコットランドの女王メアリー」の撮影が行われるのである。村をあげての歓迎ムードの中、ゴシントン荘ではマリーナがホステスとなって村の人々を招待し、盛大な交歓パーティーが催されようとしていた。ミス・マープルもパーティーに参加しようと出かけたはいいが、子供が離した犬のリードに足をすくわれ転倒、足首を痛めてしまい、やむなく帰宅するはめとなってしまった。 そんな中、今回の映画のプロデューサー、マーティ・N・フェンが妻である女優ローラ・ブルースターを伴って現れた。マリーナとローラは犬猿の仲であり、二人の共演はトラブルを引き起こすと懸念されていた。そしてパーティーの真っ最中、戦時中にマリーナの慰問公演を見て感動したという村の女性、ヘザー・バブコックが突然倒れ、急死してしまう。 パーティーで手伝いをしていたミス・マープルの家政婦チェリーによると、ローラらが現れた際、ヘザーはマリーナに一方的に退屈な思い出話をまくしたてており、その時なぜか急にマリーナは、階段に飾られた聖母子像を見つめて「凍りついて」いたという。この時、マープルは呪いにかかった「シャーロット姫」の詩を暗唱する。検死の結果、ヘザーの死因はカクテルに混入された毒によるものと判明。しかもその毒入りのカクテルは、ジェイソンが作り、もともとマリーナが飲むはずのものだったこともわかった。 映画の撮影が開始されたが、ローラとマリーナの不仲がやはり障害になって一向に捗らない。マリーナはコーヒーに毒が入っていると騒ぐなど、心配されていた精神状態は次第に悪化していく。 ミス・マープルの甥であるロンドン警視庁のクラドック警部は、関係者たちに事情聴取を始めるが、マリーナは自分に脅迫状が届いていることを誰にも明かさずにいたと告げる。そんな折、ジェイソンの助手のエラ・ジリンスキーが毒殺される。エラはジェイソンへの愛からマリーナの存在を疎み、不可解な行動をとっていたのだった。 ミス・マープルとクラドックは、ヘザーがマリーナの身代わりで殺されたという最初の前提が間違っていたのでは、と気づく。ヘザーは何をマリーナに話していたのか。そしてマリーナに新たな危機が迫っていた。

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クリスティの著作の中でも比較的地味な作品なのですが早川文庫版解説で新津きよみ氏が指摘している通りこの作品はフーダニット的要素よりもハウダニットに重きがおかれているようですし、新津氏によればこの作品は特に女性の共感を得るであろう作品(因みに筆者は男ですが充分に楽しめました)。さて、映画についてですが『クリスタル殺人事件』というタイトルで映像化されました。大女優エリザベス・テーラーが主演を務めたということでご存知の方も多いかと思いますが、毒殺という女性が如何にも用いそうな手段が取られているのですが、ネタバレになるので具体的な点には触れませんが、私見的にはクリスティの作品は犯人の設定がワンパターン的な側面があり、そういう事情もあって小説も余り読んでいないのですが、この『クリスタル殺人事件』は前述の“動機の新味さ”がユニークに感じられた一作でした。現在はDVDで観ることができます。

クレージー作戦 先手必勝

口八丁手八丁の男上田ヒトシは各々専門分野に長けた6人を集めて、物事なんでも解決することを商売とした『よろずまとめや』を開業する。しかし大した仕事は来ず、全員暇を持て余す日々が続いていた。そんなある日、フラリと現れた中山ミエが持ち込んだ団地マダムと商店街のいさかいを見事に解決してから、仕事の依頼が殺到する。一躍大会社にのし上がった『よろずまとめや』だったが、写真会社がくわだてた「追い出し」事件に引き受けたところ、一同は追い出される側の親子に同情して味方となる。そのため『よろずまとめや』は、詐欺の疑いで警察の捜索をうけ、備品も株主に持ち出されてしまうというピンチに。

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主人公の上田ヒトシたちは『よろずまとめや』という、揉め事をなんでも解決するという会社を立ち上げました。 しかし、徐々にお金儲けの方が優先してしまい、それに不満を言う社員も出てきました。 結局、最後は心あるやり方で揉め事を解決することができましたが、一銭にもならないだけではなく、警察から詐欺の疑いをかけられてしまいました。 それでも上田たちは満足していたようです。 お金儲けと心から満足できる仕事というのは両立できないものなのかということを少し考えさせらえたドラマでした。

グレムリン

発明家のランダル・ペルツァーは、セールスのために訪れた街で息子のクリスマスプレゼントを選ぼうと、チャイナタウンの骨董店のドアを訪れた。埃っぽい店の中を物色していると、布で覆われた籠から歌が聞こえてきた。中を覗いたランダルはその生き物をすっかり気に入り、店主に値段を聞くが、店主に「モグワイは売り物ではない」と販売を断られてしまう。しかし店主の孫が、家庭が貧窮していることを理由に逆にモグワイを買って欲しいと告げ、店主に内緒でランダルにモグワイを譲ってくれた。ランダルはモグワイを連れて家路につくのだった。

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映画「グレムリン」は、ジョー・ダンテ監督の作品で、1984年にアメリカで公開された映画です。 主人公がクリスマスに「キズモ」という名の可愛らしいペットを贈られたことによってその後発生するトラブルを解決していくストーリーが見ごたえがあります。 それと同時に人間とペットの絆も描かれており、何よりこのキズモというペットがぬいぐるみのように可愛いのです。 映画の中のシュールな事件もなんとなく楽しめるというか、キズモに癒されます。 主人公とギズモの関係も見ていて温かい気持ちになりますし、グレムリンとの対決もハラハラ、ドキドキしながら見ることができますので、家族全員で楽しめる映画だと思いました。

クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 サボテン大襲撃

ひろしは、メキシコの町に生息するサボテンの果実を集めるために双葉商事の部長から異動と同時に部長昇進を命じられる。はじめは単身赴任を考えていたものの、みさえから「家族はいつも一緒!」との一言により一家総出でメキシコへ引っ越しすることに。慣れ親しんだ春日部の住人達と涙の別れを告げることになった野原一家。メキシコのお姉さんはみんなスタイル抜群と聞いたしんのすけは喜んで旅立つ。 引っ越し先の町・マダクエルヨバカにて個性的なご近所さん達に囲まれ不安だらけの新生活が始まるが、そこでしんのすけ達を待ち受けていたのは人間を捕食する歩くサボテン・人喰いキラーサボテンだった。 果たして野原一家は、メキシコのご近所さん達と共にこのピンチを乗り越えることができるのか!?

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本当に長く続いている映画クレヨンしんちゃんシリーズの23作目です。 この映画の素晴らしいところは、「原点回帰」です。オトナ帝国以降、感動路線のものが多くなりがちな映画シリーズですが、今回はパニックものです。映画クレヨンしんちゃんの第1作は「アクション仮面VSハイグレ魔王」ですが、これもパニックものの要素が大きく、映画クレヨンしんちゃんの礎を築いた作品となっています。 今作は、クレヨンしんちゃんの持つ日常感をうまく使ったパニック要素が含まれていますが、それにこれまで培ってきた感動、ギャグ要素が本当に心地よく含まれています。 一例をあげると、メキシコで広く使われるスペイン語の挨拶がしんのすけの一人称「オラ」と同じということを本編やテーマソングなどで回収しています。これありきでメキシコになってる可能性すらありますけど。 そういうところからも、原点に新しい要素を付けたすという心意気が見て取れます。 クレしん映画の歴代興行収入を塗り替えた今作は本当におすすめです。

コクリコ坂から

昭和38年(1963年)、乗った船が遭難し、行方不明となった船乗りの父と、仕事のためにアメリカに渡ったカメラマンの母を持つ小松崎海は、留守中、小松崎家を懸命に切り盛りしていた。 そのころ、海たちが通う港南学園では、新聞部部長の風間俊と生徒会長の水沼史郎が起こす騒動によって、生徒と教師が翻弄されていた。突如として新聞部によって発表される「ミスター・ミス港南」、物理法則をめぐる風間と水沼の賭け、制服廃止運動をめぐる風間と水沼の対立…。こうした一連の騒動を海は冷ややかに見つめていたが、制服廃止運動の敗北の責任を風間が一身に負わされるのを見て、いつしか海は風間を擁護する声を上げるようになる。風間もまたひたむきな海にひかれ、2人は交際を始める。 しかし、ある日、水沼は風間に海と交際しないよう忠告する。水沼が海の母・小松崎虹江の仕事を手伝った際、偶然、海と風間の父親が同一人物であり、2人が異母兄妹であることを知ってしまったのである。水沼からそのことを聞かされた風間は海を傷つけないよう、父親のことを隠して海に別れを告げるが、それでも海のショックは大きく、やけになって不良の広瀬真と交際を始める。広瀬の本性を知る風間は海を放っておけず、広瀬の毒牙にかかりそうになっている海を助けるが、父親のことは話せなかった。 広瀬の魔の手から助けられた帰り道、海は偶然、祖父の小松崎島太郎から海と風間の父親が同一人物だと聞かされ、翌日、風間にことの真偽を確かめる。その際の海と風間のやりとりが広瀬の女友達に聞かれてしまったことで、海と風間が異母兄妹であるという噂が学校内で広まってしまい、海は精神的に追い詰められる。 海はつらい現実から逃避するかのように旅支度を始め、娘の様子を見かねた虹江はことの真相を海に話し始めた。

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「コクリコ坂から」は昭和の時代の美しい街並みを見ることができる映画です。ジブリの中では現実感のある映画でした。食いしん坊だからでしょうか、私はご飯のシーンや買い物の好きです。主人公作る美味しそうな朝ごはんを食べてみたいと思いました。買い物も坂を下りて小さな個人商店に行くのですが、お肉屋さんのコロッケがこれまたとても美味しそうなのです。

この素晴らしい世界に祝福を!紅魔編

不慮の事故で命を落とした高校生の佐藤和真(カズマ)は、天界で女神アクアに異世界への転移を持ちかけられる。彼女は「異世界には望むものを1つだけ持っていける」と特典を持ち出しながら異世界転移を勧誘するが、その態度があまりにもカズマを馬鹿にしたものだったため、カズマは激怒。腹いせに、アクアを「異世界に持っていくモノ」として指定し、転移に巻き込む。 こうして、アクアを連れて異世界「アクセルの街」に降り立ったカズマは、運勢だけが異常にいい平凡な冒険者となり、運勢と知性は低いがそれ以外の全ステータスが高いアクアは、アークプリーストとなる。その後、この世界最強の爆裂魔法の使い手だが1発撃つと動けなくなるアークウィザードめぐみんと、見た目は美女だが妄想癖のあるマゾヒストで攻撃が全く当たらない変態クルセイダーダクネスを仲間に加えて、彼女らの問題行動に振り回される日々を送ることになる。 しかし、想像以上に留まるところを知らない彼女らの問題行動は、魔王軍とのトラブルや、悪徳領主との金の殴り合い、最後は魔王の討伐におもむき一騎打ちなど、さまざまな波乱にカズマを巻き込んでいく。

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深夜アニメからこの素晴らしい世界に祝福を!紅魔編を紹介したいと思います。本映画を押した理由としては、60分という絶妙な時間と作品内の中に凝縮された内容の濃さにより、大変満足の行く時間が過ごせるからです。本映画はアニメこのすばの続編の中のサイドストーリーを舞台にしています。内容はまさに普段通りのギャグでした。シリアスな場面をコミカルな雰囲気に変える、その力量が素晴らしいと思いました。ファンの方はぜひ観に行ってほしいです。

グレイテスト・ショーマン

小さいころから貧しくも夢想家のバーナムは、良家の令嬢チャリティと結婚。ニューヨークでつつましい暮らしを始めて娘たちも生まれるが、バーナムは仕事が長続きせず、貿易会社に就職しても、会社の貿易船が沈没してしまい倒産、全ての従業員が解雇される。しかし彼は沈没した船の登録証を持ち出し、それを担保に銀行から資金を借り、世界中のあらゆる奇妙なものを展示した「バーナム博物館」をオープンさせる。だが客足はかんばしくなかった。 そんなとき、彼は娘のある一言をきっかけにショービジネスの道へと進む。小人症の男、大男、髭の濃い女、全身刺青の男、結合双生児の兄弟など、世間から隠れるようにして生きていた様々な人を集め、いわゆるフリーク・ショー(見世物小屋)のサーカスを始めたのだ。彼らのショーは大盛況になるが、批評家には酷評され、市民の中には「街の恥さらし」と激しい抗議活動をする者も現れた。バーナム一家も裕福にはなったものの、上流社会からは単なる成り上がりの怪しいペテン師親子という扱いしかされなかった。

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「ザ、グレイティストショーマン 」は素晴らしい映画です。ヒュージャックマンの演技も良かったですが‥求める全ての幸せにたどり着くまでの過程やそしてそれにたどり着いた時の感動 ダンス 歌 全てにおいて最高です!私は見ていないと言う方には絶対に損はさせない絶対に面白いと勧めています。ミュージカルは2作しか見ておりませんが‥どちらもヒュージャックマンの作品です!歌唱力演技力が光る映画です。

サマーウォーズ

世界中の人々が集うインターネット上の仮想世界OZ(オズ)。ユーザーはパソコン・携帯電話・テレビ[注 1]などから自分のアバターを操って、ショッピングやゲームだけでなく、納税や行政手続きなどの様々なサービスを利用できる。OZの管理権限や個人情報などは、世界一安全と言われるセキュリティによって守られていた。 ある日、佐久間と共にOZの保守点検のバイトをしていた高校2年生の健二は、憧れの先輩である夏希から、一緒に夏希の実家に行くという「バイト」に誘われる。実家には夏希の曽祖母である栄おばあちゃんの90歳の誕生日を祝うために、26人の親族が一堂に集まり、健二はひょんなことから栄のために「夏希の婚約者のふり」をすることになった。 2010年[注 2]7月30日の午前0時25分、健二の携帯電話に数字の羅列が書かれた謎のメールが送られてくる。数学が得意な健二は、それを何かの問題だと思って回答してしまう。しかし、それはOZの管理権限を奪取できる暗号であった。翌日、OZは謎の人工知能・ラブマシーンに乗っ取られてしまう。その影響はOZと密接に連携していた現実世界の各種インフラにまで及び、社会全体に大きな混乱を引き起こしてしまう。人々が対応に苦しむ中、栄は人脈を駆使して被害の軽減を図り、事態は収束に向かう。しかし、栄は翌朝、心臓発作(狭心症)で死去してしまう。 陣内家の女性陣が葬儀の準備を進める中、健二を含む陣内家の男性陣有志は敵討ちや被害拡大の防止のためにラブマシーンを倒す準備を進めていた。作戦の結果、一時はラブマシーンを封じ込めることに成功するが、作戦に使用していたスーパーコンピューターの冷却のために使っていた氷を翔太が栄の遺体の保存のために持ち出したために熱暴走を起こすというアクシデントで逃げ出されてしまい、あげくにはキングカズマのアカウントまでもが奪われてしまう。ラブマシーンは、奪った4億を超えるアカウントの権限を利用して、小惑星探査機・「あらわし」の再突入体を世界に500か所以上ある核施設のどこかに落とそうとする。落ち込む一同だったが、健二の言葉と栄の遺言により気力を取戻し、夏希は栄に仕込まれた花札(こいこい)勝負でラブマシーンへ最後の戦いを挑む。

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私のおすすめの映画は「サマーウォーズ」です。 2009年公開の細田守監督の作品です。 勉強以外特に取り柄のない男子高校生があこがれの先輩に「彼氏のふりをしてほしい」と言われ、先輩と一緒に先輩の田舎に連れていかれます。 そこでインターネット上の仮想世界「OZ」が「ラブマシーン」というAIに乗っ取られてしまいます。 現実世界にまで混乱を巻き起こすAI。 AIに立ち向かう1人の男子高校生と田舎の一族のお話です。 仮想世界が現実のインフラなどに密接に関係していて、今後実現しそうな設定です。 10年も前の作品だと古臭い印象を受けることが多いですが、「サマーウォーズ」は今見ても違和感のない映画です。 むしろ「サマーウォーズ」の世界のほうが現実の先を進んでいるくらいです。 おすすめのシーンは最終決戦です。 大ピンチを迎える主人公たちですが、最終決戦で熱いバトルが繰り広げられます。 最終決戦からエンディングまでの怒涛の展開はとても胸が熱くなりますよ!

ジュラシックパーク

ヌブラル島…コスタリカの西、約200km。 ショック銃をかまえた従業員たちが見守る厳重な警備の中で、その生き物は移送されていました。 ゲートを開けた瞬間に、生き物が突進したために従業員が檻の上部から転落して引きずり込まれ、その獰猛な生き物に食いつかれます。 従業員たちは救助と射撃をおこないますが、従業員は死亡しました…。 ドミニカ共和国、マノ・デ・ディオス琥珀鉱。 鉱山の中では琥珀が採掘されていました。それを見守るハモンド財団の創始者ジョン・ハモンドの元へ、顧問弁護士ドナルド・ジェラーロがいかだに乗ってやってきます。 弁護士・ドナルドはハモンド会長に、ヌブラル島での事故の被害者遺族がまだ訴訟を起こしていることを訴えて、いま一度施設の徹底的な審査が必要だと言いました。 ハモンド会長は、世界的に権威のある学者が太鼓判を押せば、新事業をスムースに行なえると考え、イアン・マルコムとアラン・グラントに施設を見学してもらい、審査してもらおうと考えます。 …アメリカ北西部、モンタナ州・バッドランド、スネーク・ウォーターの近く。 古生物学者・グラント博士と女性の古代植物学者・エリー博士は、助手たちを連れて恐竜の化石の発掘調査をしていました。グラント博士とエリー博士は恋人同士です。 考古学界ではよくあることですが、2人は常に研究費用に困っていました。考古学の発掘には何かとお金がかかるからです。 2人がキャンプに戻るとハモンド会長がテントにおり、シャンパンを開けようとしていました。ハモンド会長は長年2人の研究費用のスポンサーでしたが、グラント博士もエリー博士も実際に会うことはなかったので、ハモンド会長のことを知りません。 ハモンド会長は身分を明かしたうえで、グラント博士にあるお願いをします。ハモンド会長が所有する島に、来年オープン予定の動物園を作るために、「外部の権威の意見が欲しい」というのです。 ついては、週末にぜひエリー博士と2人で、視察に来てくれとのことでした。 急な申し出にグラント博士は二の足を踏みますが、それを見越したようにハモンド会長は、3年間の資金援助を条件に出します。グラント博士は行くことにしました。 その頃コスタリカ・サンホセでは、産業スパイ・ドジスンがシステムエンジニアのネドリーに、研究所にある15種の胚を冷凍したまま運ぶ取引を持ちかけていました。ネドリーは大金75万ドルに目がくらみ、引き受けます。 週末、ハモンド会長の調達したヘリコプターに、グラントとエリーが乗り込みました。そこにはハモンド会長のほかに、数学者イアン・マルコム博士、ハモンド氏の顧問弁護士・ドナルドが乗っていました。 島の滝つぼの脇にあるヘリポートに降り立つと、そこには自然豊かな土地と『ジュラシック・パーク』という看板があります。施設は10万ボルトの高圧電線で周囲80kmにわたって柵が張り巡らされていました。 最新の追跡センサー・システムや警備が施され、動物施設にしては念が入っています。 2台の車に分乗した一行は、本物の恐竜が群れをなして生きている姿を見て驚きました。ハモンド会長が巨額を投じて作った、白亜紀の恐竜を再現した娯楽施設『ジュラシック・パーク』なのです。

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恐竜が出てくる映画といえば、この映画しかないです!私は子供のころから恐竜が大好きでした。そんな恐竜たちの動いている姿が見れるとなれば心躍らないはずがありません。自分の中では恐竜=ティラノサウルスなので、動き回っている姿がとてもかっこよかったです。一作目以降もシリーズが続いており、今なお新作が発表されています。しかし、一作目であるこの作品の衝撃は越えられませんでした。 それなりに古い作品なので今見ると少し見劣りするかもしれませんが、一度はぜひ見てほしい作品です。

ジョン・ウィック

かつて裏社会にその名を轟かせた凄腕の殺し屋ジョン・ウィックは、5年前に最愛の女性ヘレンと出会い足を洗う。平穏な結婚生活を送るジョンであったがヘレンが病で亡くなり、生きる希望を失う。だが、ヘレンは残される夫を心配して仔犬を手配しており、その存在がジョンの新たな希望となりつつあった。その矢先、ジョンの愛車フォード・マスタング・BOSS429を狙った強盗に家を襲われ、車を奪われただけではなく仔犬も殺されてしまう。大事なものを再度失ったジョンは、復讐のため、裏社会へ戻ることを決意する。 強盗の正体は、大きな勢力を築くロシアンマフィアのヴィゴ・タラソフの息子・ヨセフであった。実はジョンは過去にヴィゴに雇われていた殺し屋であり、ヴィゴの現在の勢力もジョンの働きによるものだった。ジョンの実力を熟知するヴィゴは、すぐに彼との交渉と説得を試みるが失敗し、仕方なく手下達にジョンの家を襲撃させる。だが、ヴィゴの予想通り、ジョンは全員を返り討ちにしてしまう。そこでヴィゴは、懸賞金200万ドルでジョンの暗殺を殺し屋達に公示し、ジョンの親友であり、ヴィゴと旧知の仲でもあるマーカスにも声をかける。 情報収集のため、ジョンは、殺し屋達が利用し、掟によって守られている「コンチネンタル・ホテル」を訪れる。ホテルのオーナーであり、裏社会の情報に精通するウィンストンから、ヨセフの居場所を聞き出したジョンは、彼のいるナイトクラブを単身で襲撃する。ジョンは、クラブの護衛達を次々に殺害していくが、標的のヨセフには間一髪で逃げられ、脇腹に重傷を負う。ホテルに戻ってきたジョンは、旧知の女暗殺者でもあるミズ・パーキンズにホテルの掟を破って命を狙われるが、暗殺すると見せかけたマーカスの狙撃によって間一髪で助かり、逆に彼女を拘束する。彼女からヴィゴの隠し資産の場所を聞き出したジョンは、隣室にいた顔馴染みのハリーに彼女の身柄を預け、現場に向かう。

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映画「ジョンウィック」はキアヌ・リーブス演じるジョン・ウィックという名の伝説の殺し屋が主人公で彼が繰出す銃とカンフーを合わせたガンフーという格闘術がとにかくかっこよくてアクション映画としても最高です。 アクションも最高ですがさらに魅力的なのがジョン・ウィックを取り巻く裏世界の世界観です。 裏世界にはコンチネンタルという組織があり、このコンチネンタルはホテルやバーや医者やクリーニングなど裏世界の住人達だけが利用できるサービスを提供しています。さらにこのコンチネンタルのサービスを利用するために必要なのはお金ではなく黄金のコインだけです。またコンチネンタルのサービスは裏世界と思えないほどエレガントで殺し屋であるジョン・ウィックたちの血なまぐささとのキャップでとても際立ちます。 何度見ても飽きない名作です。

ステキな金縛り

妻殺しの容疑で逮捕された矢部五郎の弁護を担当する宝生エミは、将来性ゼロの三流弁護士。殺人現場の証拠は矢部が犯人であることを示唆しており、勝てる見込みのない裁判だった。矢部はエミに「証拠は私を犯人に仕立てるためのトリックで、その日は旅館で一晩中金縛りにあっていた。落ち武者が私の上にまたがっていて動けなかった」とアリバイを証言し無罪を主張する。ありえないアリバイであるために、エミは矢部が殺人を犯したのではないかと疑ったが、矢部が泊まった旅館に赴いた。エミは、矢部に一晩中またがっていた落ち武者・更科六兵衛に出会う。エミは六兵衛に、法廷で証言するように求めたが、六兵衛はまたがっていたことは認めるも、証言には乗り気ではなかった。しかし、「矢部五郎が本来は無罪であるのに裁かれようとしている」ということを聴き、自身の最期も背信行為をしたとして打ち首にされたことによるため、矢部に同情し、法廷で証言することにした。 しかし、六兵衛は特定の条件を満たす人にしか見えない。そこでエミは、六兵衛の息は誰でも感じることができることから、フエラムネの音を用いて証言に利用したり、砂鉄を使って六兵衛が実際に法廷内にいることを証明しようとした。 対する検事・小佐野徹は非科学的なことを嫌っており、「見えない」六兵衛を存在するものにさせようとする一連のエミの試みはトリックであり、法的に無効であると主張する。それに対し、エミは六兵衛の助けを借りて、小佐野も実際には六兵衛が見えているということを証明し、小佐野はその存在を認めた。幽霊が証言台に立つという前代未聞の裁判が始まることになった。

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三谷幸喜監督の2011年に公開された映画。 落ち武者幽霊役の西田敏行が初登場シーンの金縛りをかけるシーンはとても怖かったけど、タクシーに乗って主人公と話し合ってるシーンやファミレスで食べれないのに何品も注文して食べたいとねだったり、出てきたメロンソーダのストローをくわえてぶくぶく空気を出すのをキャッキャと楽しんでいるのを見てどんどん可愛らしく感じてくる。ほかのキャストもどこかユーモアを感じて三谷幸喜監督らしさを感じる作品。

ダークナイト

道化師のマスクを被った犯罪者の一団がゴッサム・シティ銀行を襲うが、一団は互いに裏切りあって最後の一人になるまで殺し合う。生き残った男はジョーカーであり、銀行に預けられていたマフィアの資金を奪って逃走する。 ブルース・ウェインことバットマン、地方検事のハービー・デント、ゴッサム市警のジム・ゴードンの三人は、ゴッサムから組織犯罪を無くすため活動していた。ブルースはハービーの理想に感銘を受け、彼のキャリアをサポートする一方、堂々と悪と戦うハービーこそがゴッサムの求める真のヒーローであると考え、バットマンの引退を考えていた。ブルースは幼なじみで検事のレイチェル・ドーズに想いを寄せているが、レイチェルの気持ちはブルースとハービーの間で揺れていた。 マフィアたちが集まり、サルバトーレ・マローニ、ギャンボル、チェチェン人ボス、会計士のラウが会議を始める。ラウは自身に危険が及ぶのを察知して香港に逃亡したためテレビ通話で参加したが、会議にジョーカーが現れ、バットマンは法律によって妨げられないことを警告する。ジョーカーはマフィアの資金の半分と引き換えにバットマンを殺す事を提案する。ギャンボルはジョーカーの態度に腹を立て、懸賞金をかける。しかし、会議後に彼はジョーカーによって殺されてしまい、ジョーカーが彼の組織を引き継ぐ。最終的にマフィアはジョーカーの提案を受け入れる。

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バットマンが使用する武器や乗り物がとてもカッコイイです。バットマンが強くてカッコイイのはもちろんですが、なんといっても、敵のジョーカーがバットマンシリーズの中でも一番すごいです。その怖さは、トラウマ級です。初めは怖いだけだと思いましたが、過去に何があったのかが画かれており、そのシーンからジョーカーの印象が変わりました。ダークナイトの主役はバットマンですが、この映画を見終わって最も印象に残るのは、敵のジョーカーです。

ターミネーター2

1994~95年のロサンゼルス。10年前のサラ・コナーとターミネーターの死闘を知る者は無く、30億人の人命が失われる1997年8月29日に起こり得るスカイネットと人類間の核戦争「審判の日」を記憶するサラは、サイバーダイン社への爆破未遂事件を起こした後、精神病患者として警察病院へ収監され、非人道的な拘束を受けていた。また、カイル・リースとの間に生まれた息子のジョンは養父母の下に引き取られていたが、最終戦争に備えるサラの偏った教育を受けたジョンは子供ながらにハッキングや武器の知識に精通している一方で、今では母の言動を与太話と断じながら非行に走る日々を送っていた。 ある日、時空を超えて再び2体のターミネーターが送り込まれる。1体は10年前と同モデルのT-800・モデル101型、もう1体は変形自在の液体金属で構成された最新モデルT-1000型。2体はそれぞれ共通の目標であるジョンを捜索し、ショッピングモールにいた彼をほぼ同時に発見する。T-1000の襲撃からジョンを救ったのは、かつてサラを襲ったT-800だった。T-1000の追撃を振り切った後、T-800は未来のジョンが過去の自分を護るため、鹵獲したT-800を再プログラムしてこの時代へ送り込んだことを告げる。T-800はジョンの指示にはすべて従うようプログラミングされていた。T-800の出現によりサラの話が真実であることを知ったジョンは、T-1000の次の標的であるサラの救出に向かう。 その間、警察病院ではサラがショッピングモールで撮影されたT-800の写真を見せられ、危機が近づいていることを悟る。彼女は病室を抜け出して脱出を図り、病院の職員たちに取り押さえられるが、そこにジョンとT-800、そしてT-1000が現れる。辛くも彼女を保護してT-1000から逃れたジョン一行は、メキシコ方面への逃亡を図る。サラは、母を助けたい一心で危険に身をさらしたジョンを叱責する。サラは、当初はかつて自らを襲ったターミネーターと同型であるT-800を警戒し、破壊も試みるがジョンの説得でやめる。やがてこの忠実な殺人機械こそがジョンの絶対的な保護者としてふさわしい存在であることを悟り、次第に見方を改めて行く。当のジョンはサラの友人のキャンプにてT-800と交流し、信頼を深めていく。

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未来から来た人間型の機械であるターミネーターが、人類滅亡のために襲ってくる映画ですが、初めて見たときは衝撃を受けました。今ではSG技術などで当たり前になっているような映像ですが、おそらく今見ても違和感など無い仕上がりだと感じるのではないでしょうか。最初から最後まで、常にハラハラさせる展開であり、多くの見どころがある映画です。

ダンサーインザダーク

舞台はアメリカのある町。チェコからの移民セルマは、息子ジーンと2人暮らしをしていた。貧乏だが工場での労働は、友人に囲まれて日々楽しいものだった。 だが、セルマは先天性の病気で徐々に視力が失われつつあり、今年中には失明する運命にあった。ジーンもまた、彼女からの遺伝により13歳で手術をしなければいずれ失明してしまうため、必死で手術費用を貯めていた。 しかし、セルマは視力の悪化により仕事上のミスが重なり、ついに工場をクビになってしまう。しかも、ジーンの手術費用として貯めていた金を親切にしてくれていたはずの警察官ビルに盗まれてしまう。セルマはビルに金を返すよう迫り、もみ合っているうちに拳銃が暴発、ビルは死んでしまった。 セルマは殺人犯として逮捕され、裁判にかけられる。セルマはこのまま真実を語らなければ、死刑となってしまう。しかしセルマは真実を語らず、無情にも裁判官からの温情は得られず死刑となる。セルマは最後に恐怖からジーンの名前を叫び、死の恐怖を女性看守に訴える。女性看守はセルマの恐怖を避けるため、顔にかぶせるはずの黒い布を例外的に外す。死刑の見届けをしていたキャシーは周囲を振り切り、死刑台にいるセルマにジーンのメガネを渡す。セルマはジーンがもうメガネが必要なくなり、手術に成功したことを知る。安心したセルマは落ち着き、笑顔になりながら「最後から二番目の歌」を歌った。しかし、途中で死刑が執行されてしまう。セルマが真実を語らなかった理由は「自分よりもジーンが大事だったから」であり、ビルを殺してでもジーンのためなら構わなかったためであった。

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泣ける映画・・・私にとっては泣ける映画ですが、本来は泣くべき映画ではないのかもしれません。 主人公が本当に願っていたことが最後に叶ったのだから。 観た人たちのそれぞれの捉え方になると思うのですが、私には救われないラストに思われました。 いろいろな問題定義のある映画。重い内容の映画ですが、ある意味ラストはハッピーエンドなのかもしれません。

チャップリンの黄金狂時代

雪深い山に金鉱を捜し求めてきた一人の金鉱探し・チャーリー。猛吹雪に難渋した上、転がり込んだ小屋にはお尋ね者のブラック・ラーセンがいた。やがて、同じく猛吹雪で転がり込んできた金鉱探しのビッグ・ジム・マッケイと避難生活を送ることとなる。寒さと飢えがピークに達し、ビッグ・ジムはチャーリーがニワトリに見える始末。やがて靴を食べる生活まで始めた。 ビッグ・ジムと別れ、麓に出来た新興の街にやってきたチャーリーは酒場で出会ったジョージアに一目ぼれ。最初はチャーリーの単なる片思いであったが、ジョージアも粗暴なジャックに愛想を尽かし、チャーリーに少しずつ思いを寄せるようになる。 酒場で偶然再会したビッグ・ジムと艱難辛苦の上、ついに金鉱を探し当て百万長者になったチャーリー。帰りの船上でジョージアと再会。めでたく結ばれる。

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無声映画の代表作の1つ。 名前は有名だけど、実際に視聴したことのある人は少ないでしょう。 この作品を見ると、は喜劇王ではあるけれど、それ以上に悲劇が似合う哀愁漂う用演技をしていることがわかるでしょう。 片思いの人にデートをすっぽかされたシーンは、まるで世界に自分しかいなくなってしまったかのような虚無感を全身で表現していました。

トイ・ストーリー4

9年前の雷雨のある夜、ラジコンカーRCが外に放置されていたため遭難しており、ウッディとボー・ピープが救出に向かい彼を救い出す事に成功するも、家に戻った直後にボーの電気スタンドが彼女ごと知人の男性に譲られてしまう。それを見ていたウッディは悲しみに暮れる。 そして、ウッディ達がアンディ・デイビスの元からボニー・アンダーソンの元へと渡って1年後、バズ・ライトイヤーらおもちゃ達は相変わらず楽しい毎日を過ごしていたが、一方でウッディは遊ばれる頻度が少なくなり悲しさを覚えていた。ボニーは新しく幼稚園に通う事になるが、内気な彼女は中々幼稚園に馴染めなかった。それを見兼ねたウッディの助けもあり、ボニーは先割れスプーンやモールなどを使用して手作りのおもちゃフォーキーを工作する。フォーキーを作った事でボニーは明るくなり、彼は1番のお気に入りのおもちゃになった。しかしフォーキーは、自分はおもちゃではなく「ゴミ」だと思い込んでおり、目を離すとすぐにゴミ箱に入りたがってしまう。 ある日、アンダーソン一家がキャンピングカーでドライブ旅行に行く事となり、ウッディやフォーキーを含むおもちゃ達も同行するが、移動中、遂にボニーの元からフォーキーが逃げ出してしまう。それにより、彼を連れ戻そうとウッディもフォーキーの跡を追う事となる。ウッディはフォーキーを見つけボニーの元へと戻る道すがら、偶然通りかかったアンティークショップ「セカンド・チャンス・アンティーク」で長年離れ離れでいたボーの電気スタンドを見つけ店内に入るも、そこに現れたのは内蔵されたボイスボックスが故障しているため喋る事が出来ず、それが原因で1度も子供に愛された事の無い人形ギャビー・ギャビーであった。ウッディのボイスボックスを奪おうと襲来する彼女から逃げる2人だったが、ウッディは「セカンド・チャンス・アンティーク」の店主マーガレットの孫娘ハーモニーに拾われ、店の外に連れられてしまい、彼とフォーキーは離れ離れになってしまう。

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私はこれまで全てのトイ・ストーリーシリーズを見てきました。どのトイ・ストーリーシリーズもとても面白く、子供ながらにしてストーリーを理解しながら見ていくことが可能でした。今回は私が大人になって初めてのトイ・ストーリーシリーズであり、子供の頃に面白いと感じていたものなので、どーかな〜と思っていた部分がありました。しかし、映画を観終わった後、今までのどのトイ・ストーリーシリーズよりもワクワクし、感動しました。トイ・ストーリー4は是非観て欲しい映画です。

ドッジボール

ピーター・ラ・フルールがオーナーを務める潰れかけの小さなスポーツジム「アベレージ・ジョーズ」は、大手スポーツジム「グロボ・ジム」のオーナーでライバルのホワイト・グッドマンに買収されそうになっていた。 ピーターたちはジムを建て直すため、ドッジボールの全米大会に参加し優勝賞金を手に入れることを考える。ジム仲間でスポーツ音痴のジャスティン、ゴードン、オーウェン、ドワイト、スティーブとともに昔のドッジボール解説フィルムに出ていたパッチーズ・オフーリハンに指導を受ける。そこにホワイトが雇っていたケート・ビーチが仲間に加わり、大会を勝ち抜いていく。しかし、グロボ・ジムも大会に参加することになり、ピーターたちは勝利に向けてさらなる特訓をはじめるが、チームの勝利に貢献していたパッチーズが事故で死亡したことで戦意喪失したピーターは、アベレージ・ジョーズをホワイトに売ってしまう。

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「俺たちフィギュアスケーター」のベン・スティラーが製作を担当し、そして悪役で出演。寂れたジムを運営する主人公が、経営の立て直しを図ろうと、かつての名選手の猛特訓を受け、全米ドッジボール大会に出場し優勝賞金の獲得を目指す…という、まあよく言えばスポ根系コメディ映画なんですが、悪く言えばひたすらにバカで下品で笑えるB級スポーツ映画。そんな内容でも、脚本や演出がしっかりしているのは流石です。とにかくバカ映画を見て笑いたくなったときにおすすめしたい一本です。ちなみに字幕は通常版のほか、「下品な言葉も全部ストレートに訳した版」が選べるので、2週目も楽しめます。

ドラゴンボール超 ブロリー

宇宙の存亡を賭けた武道大会「力の大会」にて他の宇宙の猛者たちとの闘いを経験したことで、更なる高みを目指し修行に取り組む悟空とベジータ。そんな折に、ブルマが集めていたドラゴンボール6個とドラゴンレーダーが何者かに盗まれてしまう。防犯カメラに映った犯人の身なりからフリーザ軍の尖兵であると察する悟空たちは、力の大会での活躍を破壊神ビルスと天使ウイスに認められて正式に復活を遂げたフリーザが、何か悪事にドラゴンボールを利用していると考え、それを阻止すべく最後の1個のドラゴンボールがある氷の大陸へと向かう。 氷の大陸で犯人を見つけた悟空たちは七つ揃ったドラゴンボールを取り戻そうとするが、そこにフリーザが率いる本隊が襲来する。フリーザはある長年の願いを叶えるため、部下たちに秘密裏にドラゴンボールを集めさせていたのであった。そのフリーザの傍らには、悟空たちも見知らぬサイヤ人の生き残りブロリーとその父親パラガスの姿があった。 41年前[注 1]彼ら親子は、未曾有の潜在能力を持つブロリーを怖れたベジータ王によって遠い辺境の小惑星バンパへと追放され、弱肉強食の過酷な環境の中で何とか今まで生き抜き、戦力補強のため新たな部下を探して宇宙を飛び回っていたフリーザ軍の非戦闘員チライとレモの二人に発見・救出されフリーザ軍に加入したのであった。パラガスは息子のブロリーをベジータ一族への復讐のための“最強の戦闘兵器”として育て上げていた。今ここにフリーザにより運命を翻弄された3人のサイヤ人による闘いが始まろうとしていた。 まずはブロリーに標的にされたベジータが、続けて悟空がそれぞれ1対1の壮絶な闘いを繰り広げ、二人の力に呼応するかのようにブロリーは闘いの中で際限なく己の戦闘力を上げていく。ブロリーの戦闘力を更に底上げさせようと密かに企んでいたフリーザは、混乱に乗じてパラガスを殺害する。それを見たブロリーは錯乱し、悲しみと怒りにより超サイヤ人に覚醒。その力はやがて暴走を始め、地球すら破壊しかねない域にまで達してしまう。1対1にこだわっている場合ではないことを感じた悟空とベジータは、ブロリーの暴走を止めるために共闘して闘いを挑むが、超サイヤ人ブルーに変身した二人の力を以ってしてもブロリーには全く歯が立たなかった。危険を感じた悟空は、ブロリーが近場にいたフリーザへと標的に変えた隙を見計らい、ベジータを連れて瞬間移動でピッコロの元へ戦線離脱する。

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ドラゴンボール超・ブロリーを観て一番最初に浮かぶ感想は、圧倒的な映像美が上げられます。特に戦闘シーンの映像は、過去の作品どれと比べても感動的と言えます。 ストリーは過去のブロリー作品と関連は無く全くのオリジナルストーリーでしたがそれも良く新鮮な気持ちで観れました。 悟空が身勝手の極意にはならなかったのが残念ではありますが、ベジータとのフュージョンで強敵ブロリーと戦う姿はドキドキが収まらず手に汗握る展開で楽しめました。

トリプルX

ザンダー・ケイジ(ヴィン・ディーゼル)、又の名「エックス」はエクストリームスポーツのエキスパート。首の後ろに「xXx」の大きな刺青がある。違法ビデオゲームの撮影のために上院議員のシボレー・コルベットを盗んで乗り回した上に橋から落として壊し、その腕を見込まれてアメリカ国家安全保障局のオーガスタス・ギボンズから車窃盗を見逃す代わりにエージェントになるよう命令される。ザンダーはチェコの犯罪組織「アナーキー99」に潜入し、化学兵器をめぐる陰謀と対決する。

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ヴィンディーゼルの良さが全開に引き出された様な作品でした。 悪者なのに正義の為に動く、やり方は無茶苦茶で時には悪事も絡めながら最後に勝つ様は爽快でした。 ヴィンディーゼルはワイルドスピードのイメージがとても強いですが、よりダーティでエキサイティングなアクションと演技は見ものです。 正義の為にやってるのにノリノリで非合法な事をしているところもちょっと面白いです。

パーフェクト・レボリューション

幼い頃に脳性マヒを患い手足が思うように動かせないクマは車椅子で生活をしている。彼はセックスに対しての関心が強く身体障害者の性について世間に理解を求める運動をしていた。あるとき、クマは人格障害を抱えたピンク頭のミツと出会う。風俗嬢として働くミツは生き生きと過ごすクマに感銘を受け、自分たちのような人間が幸せになれることを証明したいとクマに持ちかけ2人は究極の愛を育んでいく。

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実話に元ずく作品と聞いて興味を持ったが、冒頭はリリーフランキーの下ネタ話が多く、女性としては若干不快さを感じましたが、二人の純粋な恋の行方にだんだん注目が高まります。障害者同士の恋が可愛らしく、また、感動もありで、がいなところに面白さを発見したように思います。試練の多い生活や恋に応援したくなりました。

バイオハザード

ある日、アリスは記憶が曖昧な状態で目覚める。さ迷っていると、突然謎の特殊舞台に拘束され、地下施設に連れて行かれる。そこはアメリカ最大の製薬会社アンブレラの地下研究所「ハイブ」だった。 研究所では、人類をアンデッド化(ゾンビ化)してしまう恐ろしい生物兵器T-ウィルスが漏洩するバイオハザードが発生。人工知能搭載の背部のメインコンピュータであるレッド・クイーンは、地上への感染を防ぐため、研究所を封鎖しており、中にいた所員は全員死亡していた。この事態を知ったアンブレラ社は、レッド・クイーンをシャットダウンさせるために特殊部隊を派遣するが、ハイブ内でアンデッドたちに次々襲われる。

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今まで映画をたくさん見てきましたが、バイオハザードのシリーズが一番面白かったです。特にバイオハザードシリーズは、人気が非常に高いです。映画に出てくる人物とかキャラクターはプレイステーションのゲームに出てくるバイオハザードを原作としてほぼ同じです、主人公はアリスという物語です。まずはじめにTウイルスという死者を蘇らせる薬が開発され、それがきっかけとなって色々出来事が起きていきます。私もTウイルスというものに興味がわきました。死者が蘇るなんてそんな魔法のような薬があったら私も欲しいと思いました。しかし世の中そんな甘くはありませんね。Tウイルスというのは怖いもので、感染すると皆ゾンビになってしまう、怖い薬でした。死者が甦える変わりに食べる本能がでるというから、人を食べるという本能が出て、次々に襲いかかり感染させていくシーンは、現実で起きたらすごい怖いなと思いました。バイオハザードシリーズは、私的に一番映画のなかで面白かったし、おすすめしたい映画です。

パンズ・ラビリンス

むかしむかし、地底の世界に病気も苦しみもない王国がありました。その国には美しい王女様がありました。王女様はそよ風と日の光、そして青い空をいつも夢見ていました。ある日、王女様はお城をこっそり抜け出して人間の世界へ行きました。ところが明るい太陽の光を浴びたとたん、彼女は自分が誰なのか、どこから来たのかを忘れてしまったのです。地底の王国の王女様はその時から寒さや痛みや病の苦しみを感じるようになり、ついには死んでしまいました。姫を亡くした王様は悲しみましたが、いつか王女様の魂が戻ってくる事を知っていました。そしてその日をいつまでも、いつまでも待っているのでした。 内戦で仕立て屋の父親を亡くした少女オフェリア。彼女は妊娠中の母親と共に、再婚相手であり独裁政権陸軍のヴィダル大尉に引き取られ、森の中にある軍の砦に移り住む。レジスタンス掃討を指揮する冷酷なヴィダルは、生まれくる自分の子だけを気にかけ、母親も夫の意向ばかりをうかがうため、オフェリアは顧みられず、孤独な日々を過ごす。砦での暮らしは彼女にとって重苦しいものとなっていき、本の中にある妖精やおとぎ話の世界へ引き込まれていく。オフェリアの相手をしてくれるのは砦の家政婦であるメルセデスだけだが、彼女の弟はレジスタンス運動に身を投じており、メルセデス自身もヴィダル大尉の目を盗んでこれに協力していた。 ある夜のこと、オフェリアの前に妖精が現れ、森の奥にある迷宮へ導く。そこには迷宮の番人パンが待っており、彼女を一目見るなり「あなたこそは地底の王国の姫君だ」と告げる。パンはこの迷宮が地底の王国の入り口である事、そして姫君である事を確かめるためには3つの試練を果たさなければいけない事を伝える。こうしてオフェリアはパンに与えられた3つの試練に挑むことになった。 オフェリアが幻想の世界を訪れている間にも、現実ではヴィダル大尉による容赦のない掃討が繰り広げられており、それは彼女の幻想と現実の世界の双方を侵食し、暗い影を落していく。

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ヒロインに感情移入して、エンドロールでは声を上げて泣いてしまいました。過酷な環境下でヒロインの理想が奪われ、居場所が無くなる描写には自分自身と重ね合わせて胸が締め付けられ、ヒロインが泣くシーンでは一緒に涙してしまいました。本や空想が好きで、孤立してしまいがちな女性には特に心に響くものがあると思います。

ヒッチコックの鳥

小さな田舎町に1人で住む農家が、隣人にワタリガラスがおかしくなったことを伝えようとし、市民たちはカラスの脅威に備えるため、結束することになった。 カラスがおかしくなったのは、牛海綿状脳症に感染した牛の死体を食べてしまったためだった。そして、感染したカラスたちもまた死ぬのだった。

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言わずと知れたヒッチコックの代表作です。この映画の凄さは、そのアイデアにあります。今なら動物が人間を襲うというシチュエーションはざらにありますが、当時としては画期的なアイデアではなかったかと思います。また、ヒッチコックはあまり人間を描くタイプの作家ではないですが、この作品ではキャラクター造型がよくできていてその点でも好きです。多分、脚本家がよかったのでしよう。緻密に計算された絵コンテは映画の教科書のようで見ていて気持ちがいいです。この映画はマニアも一般的フアンにも推薦できる娯楽映画の古典です。

ピンポン

片瀬高校一年の星野は、将来ヨーロッパに行って卓球で頂点を目指すという夢を持っている。そのわりには、卓球部の練習はさぼってばかりで、マイペースだ。星野の幼なじみの月本は、幼い頃虐められていたときに、いつも星野に助けてもらった。月本の中では、星野はヒーローであった。星野に卓球を習って、目立たないが卓球の才能を持っている月本は、インターハイチャンピオンの海王学園の風間や、中国のナショナルチームから落ちて日本で再起をはかる孔からも注目されている。しかし月本は卓球は人生の暇つぶしと考えてクールに取り組み、月本を鍛え上げようとする顧問の小泉にも反抗しがちだ。 そしてインターハイ県予選がはじまる。星野は、幼なじみで風間に憧れて海王学園に行った佐久間に破れる。月本は孔を追い詰めるが、情をかけ逆転負けをする。風間に認められたい佐久間は、月本に試合を挑むが完敗し、退学し卓球を離れる。一方、卓球をやめようとしていた星野に会い、卓球を続けるように励ます。星野は再起を期して、タムラ卓球のオババのもとで鍛え直す。月本も、小泉と信頼関係を築いていき、特訓をはじめる。 そして翌年のインターハイ予選が始まる。月本は圧倒的な力で決勝に進んだ。星野は孔を下し準決勝にすすむ。そして膝痛のため、棄権をすすめるオババの忠告をけって、月本が待っているからと言って風間と戦う。風間は意地をかけて勝利を目指すが、星野は月本の友情に力を取り戻し風間を下す。死力を尽くした戦いに、風間は幸福を感じていた。月本はヒーローである星野との決勝に臨む。そして星野は月本に勝利し、優勝を果たした。

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この映画は元々は漫画が原作の卓球漫画なのですが、とてもおもしろい映画でした。 主人公のペコをはじめ、幼馴染のスマイル、宿敵のドラゴンなど数々の魅力あるキャラも登場して、激しい卓球を繰り広げます。 要所要所で流れてくる音楽も素晴らしく、ラストで主人公のペコが覚醒するシーンは何度見ても鳥肌です。 卓球が好きな人にはぜひ見て欲しい映画です。

ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅

1926年、イギリスの魔法使いで魔法生物学者であるニュート・スキャマンダーが、アメリカ合衆国・アリゾナ州へ向かうルートの経由地ニューヨークに船で到着する。ニュートは非魔法使い(アメリカ英語で「ノー・マジ」”No-Maj”、イギリス英語で「マグル」”Muggle”)の女性であるメアリー・ルー・ベアボーンに出会うが、メアリー・ルーは魔女や魔法使いは実在し、危険であるという主張をしている新セーレム慈善協会を率いていた。ニュートがメアリー・ルーのスピーチを聞いている間に、魔法で拡張されて複数の魔法生物のすみかになっているニュートのスーツケースからニフラーが逃げ出してしまう。ニフラーをつかまえようとするうちに、ニュートはノー・マジの缶詰工場職員でパン屋志望のジェイコブ・コワルスキーと出会い、ひょんなことから2人が持っていたスーツケースが入れ替わってしまう。降格させられた闇祓い(闇の魔法使いを追う専門家)であるティナ(ポーペンティナ)・ゴールドスタインはニュートを未登録の魔法使いとして逮捕し、かつての地位を取り戻したいとの思いを秘めながらアメリカ合衆国魔法議会 (MACUSA) の本部に連れて行く。しかしながらニュートが持っていたのはジェイコブのスーツケースで、パンや焼き菓子が入っていただけであったので、ニュートは釈放される。ジェイコブが借りていたアパートでは、ニュートのスーツケースから生きものが複数逃げ出してしまい、アパートを壊してジェイコブは噛まれてしまう。

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もともと『ハリー・ポッター』シリーズが好きで、同じ世界観の新作映画ということでとても楽しんで鑑賞をしました。 一見おどおどしていて頼りなさそうに見えるニュートは、魔法生物を前にするととても愛情にあふれ頼りがいのある人物で、ストーリーが進むにつれニュートの人柄に強く惹かれました。 彼に協力することになる三人もとても個性的で、四人で奮闘していく様がとても好ましかったです。

プライドと偏見

18世紀末のイギリスの田舎町。そこに暮らすベネット家の子どもは五人姉妹である。女性に相続権がないこの時代、父親が死んだら家も土地も遠縁の男子が継ぎ、娘たちは路頭に迷ってしまうと、母親はなんとか娘たちを資産家と結婚させようと躍起になっていた。 そんなある日、近所に独身の大富豪ビングリーが引っ越して来る。舞踏会の夜、美人の長女ジェーンはビングリーからダンスを申し込まれる。しかしビングリーの親友ダーシーは、ベネット家の娘たちに関心を示すどころか見下し、次女エリザベスは彼の口から侮辱の言葉を聞いてしまう。彼女はダーシーの高慢な態度に強い反感を抱き、あらぬ誤解から彼への嫌悪感を募らせていく。

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何度も映画化されている原作ですが、2005年イギリス版は主演のキーラ・ナイトレイの美しさに釘付けです!イギリスの美しい田園風景も相まって、眼福な作品です。演技面では、主人公の父親を演じるドナルド・サザーランドに、影の重要人物を演じるジュディ・デンチの2人が超大御所の風格たっぷりの存在感です。素晴らしいキャスティングに、洒脱なコメディ要素も含まれ、贅沢な2時間を過ごせる映画です。

プラダを着た悪魔

名門ブラウン大学(映画版ではノースウェスタン大学)を卒業し、ジャーナリストを目指すために田舎からニューヨークへとやってきたアンドレア・サックスは、幸運にも何百万の女性の憧れとする仕事・ファッション雑誌『ランウェイ』の編集部へと就職した。しかもその編集長でファッション業界に対し絶大な影響力を誇る、ミランダ・プリーストリーのアシスタント職である。だが、ミランダは自分の身の回りの世話をアシスタントに押し付けるなどの横暴を発揮する最悪の上司であり、今までに何人もがこの仕事を辞めていたのであった。ファッションには何の興味もなかった彼女であるが、本来の目的である文芸誌での仕事への足がかりとして、彼女の悪魔のような要求に耐えていく。

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地味でファッションに興味もなかった主人公がどんどんかわいくオシャレになっていくのを見ていて、とても刺激を受けました。 自分も洋服が好きなのでコーディネートの勉強にもなりましたし、恋人や私生活を犠牲にしてまでも、ただ前向きに目標に向かって進み続ける姿はとにかくすごいなと思いました。 色んな面で刺激を受けるとても勉強になる映画です。

プロメア

炎を操る新人類バーニッシュの出現に端を発する惑星規模の発火現象である世界大炎上により、人口の半分が焼失してから30年が過ぎた世界。自治共和国プロメポリスでは、炎上テロを繰り返す過激派バーニッシュの集団マッドバーニッシュに対抗すべく、対バーニッシュ用装備を扱う高機動救命消防隊バーニングレスキューが消火活動を行っていた。 バーニングレスキューの新米隊員ガロ・ティモスは、火災現場でマッドバーニッシュの首魁である少年リオ・フォーティアと出会う。「燃えて消す」を流儀とするガロと「燃やさなければ生きていけない」と語るリオは、互いの信念をかけて熾烈な戦いを繰り広げる。 燃える魂をぶつけ合う二人の戦い、果たしてその先にあるものとは――

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2019年5月24日に公開された劇場アニメーション。正直キャラデザインが好きだったので見に行った作品ですが、良い意味で期待が外れた映画でした。 キルラキルや天元突破グレンラガンで有名なTRIGGERが制作したこのアニメは独特な色彩とかっこいいメカ、圧倒的なまでのアクションシーン。どこを切り取ってもクライマックスだと思える映像です。 そして常にクライマックスな臨場感もさることながら松山ケンイチや早乙女太一を始めとする豪華声優陣、特にクレイフォーサイトを演じる堺雅人の迫力ある圧巻の演技が見どころです。 その他にも音楽を担当されているのはアニメの挿入歌を数多く手掛けている澤野弘之が担当しています。 映像、声、音楽、シナリオ。どれをとっても満点で何度見ても面白い映画になってます。

マッドマックス怒りのデスロード

核兵器による大量殺戮戦争勃発後、生活環境が汚染され、生存者達は物資と資源を武力で奪い合い、文明社会が壊滅した世界を舞台とする。 砂漠化し荒廃したウェイストランド(荒野)で、元警官マックスは、過去に救えなかった命の幻覚と幻聴に煩わされ、狂気に侵されているのは世界なのか自身なのか曖昧になる中、生存本能にだけ突き動かされV8インターセプターを駆る。流浪の途上で暴徒らの襲撃に遭い捕縛され、シタデルという砦に連行されたマックスは、インターセプターを奪われた上に身体を拘束され、環境汚染からの疾病を患う住人に供血利用される。そこではイモータン・ジョーを首領とした独自教義を持つ好戦的な集団の支配のもと、潤沢な地下水(アクア・コーラ)と農作物栽培を牛耳ることで成り立っている独裁社会が築かれていた。ガスタウンへと向かう取引当日、ジョーの部隊を統率するフュリオサ・ジョ・バッサ大隊長は、ジョー一族が受胎出産させることを目的として監禁していた5人の妻(ワイブス)であるスプレンディド、トースト、ケイパブル、ダグ、フラジールの身柄を秘密裏にウォー・リグに搭乗させ、フュリオサの出生地である「緑の地」に匿う逃亡計画を、3000ガロンのガソリン(guzzoline[注釈 1])取引を隠れ蓑に東へと進路を変えて実行に移す。部下の背任行為と、妻たちと、その胎内の我が子を奪われたと知ったジョーは配下の戦闘集団ウォーボーイズを引き連れ、友好関係にある人食い男爵と武器将軍の勢力を援軍に追走を開始する。マックスはウォーボーイのニュークスの常備用「血液袋」として追尾車両に鎖で繋がれワイブス追走の争いに巻き込まれることになった。

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とにかく全てがかっこいい。 ただ行って帰ってくるだけの単純な映画なのにここまで面白いアクションものは初めてでした! セットやキャラクターや車のデザインなど、1シーンそのひとつひとつが魅力的でかっこいい。 監督のセンスのかたまりだとおもいます。 アクションものはあまり好きではなく、興味がなく見始めましたが、ずっと釘づけになってしまった映画です。とにかくすごいです。

マネーボール

ビリー・ビーンは、かつて超高校級選手としてニューヨーク・メッツからドラフト1巡目指名を受けたスター候補生だった。スカウトの言葉を信じ、名門スタンフォード大学の奨学生の権利を蹴ってまでプロの道を選んだビーンだったが、鳴かず飛ばずの日々を過ごし、さまざまな球団を転々としたのち現役を引退。スカウトに転身し、第二の野球人生を歩み始める。 2001年のディビジョンシリーズで、オークランド・アスレチックスはニューヨーク・ヤンキースに敗れ、オフにはスター選手であるジョニー・デイモン、ジェイソン・ジアンビ、ジェイソン・イズリングハウゼンの3選手のフリーエージェント移籍が確定的となった。この時アスレチックスのGMに就任していたビーンは、2002年シーズンに向けて戦力を整えるべく補強資金を求めるも、スモールマーケットのオークランドを本拠地とし、資金に余裕の無いオーナーの返事はつれない。 ある日、トレード交渉のためにクリーブランド・インディアンスのオフィスを訪れたビーンは、イエール大学卒業のスタッフ、ピーター・ブランドに出会う。ブランドは各種統計から選手を客観的に評価する『セイバーメトリクス』を用いて、他のスカウトとは違う尺度で選手を評価していた。ブランドの理論に興味を抱いたビーンは、その理論をあまり公にできず肩身の狭い思いをしていた彼を自身の補佐として引き抜き、他球団からは評価されていない埋もれた戦力を発掘し、低予算でチームを改革しようと試みる。

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ブラッド・ピットがメジャーリーグの弱小球団を立て直すために奮闘するゼネラルマネージャーを演じた「マネーボール」は実話をもとにした映画です。スポーツ界を舞台としていますが、全体として静かな、しかしもちろん熱くなれ泣ける作品でもあります。演出はどこを切り取っても繊細で洗練されており、とても丁寧に作られていることが判ります。個人的にこの作品のもっとも肝と思えるのは、終盤に主人公がとある試合を録画したビデオ映像を見せられる場面です。そこには、主人公がそれまでに成し遂げた偉業だけでなく、野球のロマンをも彼に思い出させようという意図があるわけですが、それはなにも野球に限らず様々な人のあらゆる人生にも言える気がするのです。実力がありながら怪我や素行のために過小評価されていた選手たちが正当な評価を取り戻し返り咲く様子も見ていて胸が熱くなるのですが、実のところ、誰しもホームランをいくつも打っていながら自分でそれに気付かず、周囲の評価に影響され自分を過小評価している人は意外に多いのかも知れません。本作はそのことに気付かせてくれるだけでなく、そんな人たちを優しく励ます心強い映画だと思うのです。

マネキン

芸術家志望の青年ジョナサンは、職場でも失敗ばかり繰り返し転職の日々を送っていた。恋人とも上手くいかない失意の彼は、偶然にもかつて自分が製作した最高のマネキンと再会してしまい、ひょんな事から展示されているプリンスデパートに就職してしまう。経営難で陰謀渦巻くプリンスデパート内で、オカマの従業員・ハリウッドと共に悪戦苦闘するジョナサン。 ある夜のこと、作ったマネキンが人間の姿に変わって彼に話しかけてくる。彼女は「マネキンに転生」して時空を旅してきた古代エジプトの女性エミーというらしく、人間の姿になれるのはジョナサンの前だけだという。こうしてジョナサンは誰もいない深夜のデパートでエミーと斬新なショーウインドウの飾り付けをする事で、買収される寸前であったプリンスデパートを復活させてしまう。 禁断の愛とライバルとのドタバタをハードなギャグと感動で仕上げた、ラブコメ大ヒット映画である。

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何度観たかわかりません。「マネキン」映画じゃなきゃありえないファンタジー。アンドリューマッカーシー演じる、内向的で芸術家肌、仕事は何をやっても上手くいかない青年が、自分が作った最高の芸術作品であるマネキンに憑依した、古代エジプトからタイムスリップして来た、キムキャトラル演じる活発で好奇心旺盛なお姫様と、傾きかけていたデパートのショーケースの中で起こす奇跡。それがやがて周りを巻き込んだ大騒動になりながら、最後はお約束のハッピーエンド現実にはあり得ないストーリーが正に映画!です。エンドロールで流れる、スターシップの「愛はとまらない」を聞くと、何度見ても「嗚呼楽しかった」と思える映画です。古い映画なので、DVD等入手が難しいのですが,機会があったら是非ご覧ください。

ミッションインポッシブル フォールアウト

IMF(Impossible Missions Force、不可能作戦部隊)のエージェントのイーサン・ハントと彼のチームは、盗まれた3つのプルトニウムの回収を⽬前にしていた。だが、突如現れた何者かの策略で仲間の命が危険にさらされ、その最中にプルトニウムを奪われてしまう。イーサンとIMFチームは、プルトニウムを再び奪い返し、複数の都市の“同時核爆発を未然に防ぐ新たなミッション”を受ける。この事件の裏側には、前作の敵シンジケートの⽣き残り勢⼒が結成したアポストル(神の使徒)が関連しており、⼿がかりはジョン・ラークという正体不明の男の名前と彼が接触するホワイト・ウィドウと呼ばれる謎めいた⼥の存在のみ。だが今回のミッションに対しイーサンの動きを不服とするCIAは、敏腕エージェントのオーガスト・ウォーカーを監視役に同⾏させることを条件とした。イーサンはホワイト・ウィドウの信頼を得るため、やむなく収監中のシンジケートのボス“ソロモン・レーン”の脱⾛に⼿を貸すが、その影響で味⽅の⼥スパイ、イルサと対⽴してしまう。⼀⽅、同⾏するウォーカーはイーサンへの疑惑を深め、2⼈はやがて対決の時を迎える。やがてタイムリミットが刻⼀刻と迫る絶体絶命の中で、チームの仲間や愛する妻ジュリアの命まで危険にさらされる等、いくつものフォールアウト(影響)がイーサン・ハントに降りかかる。

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シリーズ6作目にして、衰えないアクションとスピード感、さすがです。 50も後半にして未だ危険なスタントをこなすトム・クルーズは、CG満載の最近の映画作品とは一線を画す俳優だと思います。 映像の美しさももちろん、目まぐるしく変わる展開にド派手なアクションシーン、これぞ一流の大衆映画!といった感じです。 何度見ても楽しめる、爽快感のある作品です。

ユージュアル・サスペクツ

冒頭で、左手に拳銃を持つ謎の男が船上で複数の人物を殺し、船は爆発・炎上して、銃殺体を含む多数の遺体が見つかる。この船はカリフォルニア州のサンペドロ港に停泊していたマフィアの麻薬密輸船であり、爆発と多数の死者は、マフィアと対立組織の抗争によるものと思われた。関税局捜査官のクイヤンは、その事件で一人だけ無傷で生き残った、詐欺師で左側の手足に麻痺があるヴァーバル・キントを尋問する。キントは、サンペドロ港での密輸船爆発事件が起こるまでの一連の過程をクイヤンに語る。それは次のような話である。 密輸船爆発事件の6週間前、ニューヨークの警察署に、ある銃器強奪事件の「面通し」(容疑者の顔を事件関係者に見させて、容疑者が真犯人であるか否かを見分けさせること)のために、5人の「ユージュアル・サスペクツ」(容疑者としていつも名前が挙がる人物)が集められた。5人は、元汚職刑事のキートン、マクマナスとフェンスターの強盗コンビ、爆弾製造を請け負うホックニー、そしてキントだった。5人はこの件では立件されず釈放される。 警官の汚職が絡んだ宝石強奪をマクマナスがキートンらに持ちかけ、5人はこれを実行して成功させる。そしてカリフォルニアで取引相手の故買屋レッドフットから新たな宝石強奪をもちかけられ、再び5人で実行するが、強奪したケースに入っていたのは宝石ではなく少量の麻薬だった。

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ちょっと映画が好きな方であれば「ユージュアル・サスペクツ」を知らない方はいないのではないでしょうか。ジャンルはサスペンス映画であり、作品内で語り手となるキント(ケヴィン・スペイシー)の回想シーンをもとに、現在の時間と行き来する手法で物語は進行していきます。最近の映画で言うと、大迫力のシーンとか、映像が綺麗という類ではありません。映像構成や、見せ方が上手いという感じです。もしまだ見たことが無いという方であれば、是非おすすめしたい作品の1つです。

ライオン・キング(2019)

サバンナにある動物たちの王国プライド・ロックを統括するライオンの王ムファサに息子が誕生し、そこに住む全ての動物たちが大喜びしました。 シンバと名付けられた王子はすくすくと成長し、ムファサから王のあるべき姿や、この王国について教えられていましたが、幼なじみのナラとばかり遊んでいました。 シンバは叔父のスカーのところへ遊びに行きました。 スカーはムファサの弟であるため王になることができず、将来王になるであろうシンバのことを疎ましく思っていました。 そこでスカーはシンバをそそのかし、ムファサが行くことを禁止している象の墓場に行かせ、そこで自分の部下であるハイエナにシンバを襲わせました。 しかし、ギリギリのところでムファサが現れ、シンバは助かりました。 シンバを殺すことに失敗したスカーは怒り、今度こそムファサとシンバを殺し、自分が王になるつもりでハイエナたちを使いまたしても罠を仕掛けました。 翌日スカーはシンバをそそのかして連れ出しました。 そこで、突然ヌーの大群が現れ、シンバはヌーに追いかけられてしまいました。このヌーの暴走こそ、スカーがわざと暴走するように仕掛けた罠でした。 スカーは、ムファサのところへ向かい、シンバの危険を知らせました。 知らせを聞き、シンバを高い丘の上に避難させることに成功したムファサですが、自分がヌーの暴走に飲み込まれてしまいました。

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アニメ版のライオン・キングを見たことがなかったのですが、実写版のライオン・キングが音楽も映像もすごい!という口コミを見て観に行きました。想像を超える映像美で、フルCGということが信じられないくらい動物たちも風景もリアルでした。そんなリアルな動物たちが、少し人間らしい仕草をするところが、CGの良いところを存分に活かしているなという印象でした。 そして、何より音楽が最高でした!吹替版で見たのち、字幕版も見てみたいと思い、2回観に行ったのですが、どちらも本当に素晴らしく、音楽に圧巻される119分でした。 この作品は是非映画館で観てほしいと思います!

ラストサムライ

冒頭では、古事記の一説(イザナミとイザナギの神が剣で、日本の国土を生成したと信じている人々の住む国)を引用する形で、日本の国柄を紹介している。その長く深い伝統の空気を打ち破る幕末の近代化が始まりだした。建国以来の剣を信じるものと、新たな洋式鉄砲と軍隊に希望をかけるものの思いに、日本という国は分断されていったのだ。 ところは変わって、南北戦争時代のアメリカ。北軍の士官として参軍したネイサン・オールグレン大尉(演:トム・クルーズ)は、南軍やインディアンと戦う。その戦争の渦中では、関係の無いインディアンの部族に攻撃を仕掛けたり、インディアンの子供たちを撃ち続けたりした。良心の呵責に悩まされたオールグレンは、トラウマとなった戦場での体験から逃れるように、ウイスキー浸りの生活に陥る。 そんな中、日本の実業家にして大臣の大村(演:原田眞人)はバグリー大佐を介し、お雇い外国人として「戦場の英雄」を軍隊の教授職として雇いに来た。その頃の日本は明治維新が成り、近代国家建設のために急速な近代的軍備の増強が必須であった。大金のオファーに魅せられたオールグレンは、僚友ガントとともに日本に行き、軍隊の訓練を指揮する。 やがて、不平士族の領袖である勝元(演:渡辺謙)が鉄道を襲ったという報が入った。まだ訓練は出来ておらず、この軍隊では闘えないと抵抗するも、やむなく出動するオールグレン。案の定、隊の練度は低く、サムライたちの勢いに呑まれた部隊はバラバラになり、ガントは落命、オールグレンは勝元らに捕えられる。しかし勝元は彼を殺さず、妹のたか(演:小雪)に手当てをさせる。回復してきて村を歩き回り、古きよき日本の人たちの生活の風景を目の当たりにする中で、オールグレンは彼ら反乱軍=サムライたちの精神世界に魅せられるようになる。そして勝元もまた、オールグレンにどこか不思議な魅力を感じ始めていた。 勝元の息子である信忠(演:小山田真)の村での生活を深めるにつれ、オールグレンは村の人々に急速に心を開いていくが、世話をしてくれる女性、たかはオールグレンに不信感を抱き続ける。彼女の夫は、戦場でオールグレンにより殺されたからであった。だが村の生活に敬意を表すようになったオールグレンに対し、次第にたかは心を開き始め、やがてたかはオールグレンを許すようになる。

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この映画はよく日本人のもつ精神をよく表している映画だと思います。トムクルーズをはじめ、渡辺謙、小雪などそれぞれの演技力も素晴らしいのですが、サムライにここまでフォーカスしている映画はこれ以外にないのではないかと思います。サムライがいかにして忠誠心を保ち、己を保っていたのかがよく理解できる映画です。例えば、静と動。いかに相手の動きを見極めるか、刀のスキルだけでなく、精神力をサムライは備え持っていたことを映像を持って理解できます。最後の桜の散り際のシーンは、日本人が愛する桜の儚さと死がマッチした名シーンだと思います。ぜひ日本人に観て頂きたい映画です。

リバー・ランズ・スルー・イット

舞台は1910 – 1920年代のアメリカ合衆国モンタナ州ミズーラ。第30代大統領クーリッジ(在位1923年~1929年)、T型フォード全盛の時代である。スコットランド出身で厳格な父のマクリーン牧師、真面目で秀才の兄ノーマン、陽気な弟ポール。三人に共通する趣味はフライ・フィッシングだった。ノーマンはやがてマサチューセッツ州ダートマスの大学に進学して街を離れる。ポールはモンタナ州の州都ヘレナで新聞記者をしつつ、ポーカー賭博にのめり込んでいた。 大学を出て街に戻ってきたノーマンは独立記念日にジェシーと知り合い、二人は付き合うようになる。やがてノーマンにシカゴ大学から英文学の教員の採用通知が届き、ノーマンはジェシーに求婚する。ノーマンが就職のためにシカゴに向かう直前、ノーマンとポールは父親とともにブラックフット川に釣りに出かけ、ポールは大物を釣り上げる。だが翌朝、警察から連絡があり、ポールが何者かに殺されたことをノーマンは知らされる。

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俳優のロバート・レッドフォードが監督、ブラッド・ピット主演の映画です。モンタナの壮大な自然の美しさもさることながら、若き日のブラッド・ピットの美しさに悶絶してしまう作品です!厳格な父に習ったフライ・フィッシングで結ばれる兄弟を描いたファミリー映画です。フライ・フィッシングの糸の動きも滑らかでうっとりしていまいます。

リメンバー・ミー

遠い昔、メキシコのサンタ・セシリア出身のある男が、音楽家になる夢を追いかけて家族を置いていき、残されたその妻ママ・イメルダは音楽を嫌うようになり、家庭に「音楽禁止の掟」を立て、習得した製靴で一人娘のママ・ココを育てる。製靴業は掟と共に代々引き継がれ、リヴェラ一族は靴屋として繁栄する。当のココは存命ながらも認知が衰えつつあり、遙か昔に逝去した父のことばかり言っていた。そのひ孫で12歳のミゲル・リヴェラは他の家族と同様、靴屋を継ぐことを期待され、音楽は聴くことすらも禁じられていたが、密かにミュージシャンを志していた。彼が信奉するエルネスト・デラクルスは同郷の伝説的ミュージシャンで、『リメンバー・ミー』など誰もが知るヒット曲を連発するも、1942年にステージ上で曲を披露している最中に事故で亡くなった。ミゲルは家族に隠れて屋根裏に彼のグッズを並べ、自作のギターで彼の曲を弾いていた。 そして年に1度、他界した先祖が家族に会いにやって来るという死者の日、リヴェラ家でも先祖を迎える準備をしていた。自宅の祭壇には先祖の写真が飾られ、その中には幼き頃のココが入った家族写真もあったが、家族を捨てたという父の顔の部分は破られていた。そこでミゲルはその高祖父が持つギターがデラクルスのものと同じであることに気付き、高祖父はデラクルスだと推測する。これに沸き立った彼はその写真を持ち出し、街の音楽コンテストで自分の演奏を披露しようと決心するが、それを知った家族と口論になり、祖母エレナにギターを破壊されてしまう。諦めきれないミゲルは家を飛び出し、ギターを調達すべくデラクルスの霊廟に忍び込み、彼のギターを手にする。ところがそのギターを弾いた瞬間から、死者が骸骨の姿で見えるようになり、逆に生者からは自分が見えなくなってしまう上に触れることも出来なくなってしまう。

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ハロウィンが近づいてきて思い出したこの作品。私はこの作品を、国際線の飛行機の中で観ました。暗闇の中、当時9か月の息子を膝に乗せ、やっと寝てくれたそのタイミングで。そして観終わって思いました。「これ映画館で観たかったー!(もしくは大きいインチのテレビ!)」 この映画、死者の国から霊が帰ってくる日、死者の国に誤って行ってしまった少年とその家族のお話なのですが、何が良いって、その色鮮やかな映像と心躍る音楽。ガイコツが出てくるのに、こんなポップな映画、これまであったでしょうか。さすが世界中で驚異的なヒットを飛ばし続けるピクサー社。ヘッドフォンをして、機内の小さな画面で見たことが悔やまれます。 しかし、その世界観もさることながら、設定が素晴らしい。とっても明るい死者の国ですが、「死者の国の者は、生者の国で誰からも忘れられてしまうと、死者の国からも消滅し『二度目の死』を迎える」という悲しいルールがあるのです。思わず考えさせられました。 小さな子どもでも楽しく観れそうな映画なので、映画の舞台はメキシコですが、日本の「お盆」を説明するのにちょうどいいかも、と次に観る時のことを考えています。

るろうに剣心

幕末の動乱に揺れる京都に名を轟かせる、凄腕の暗殺者・緋村剣心。剣心は、その神速の剣技と驚異の暗殺成功率から「人斬り抜刀斎」の通り名を持ち、幕府要人や佐幕派の武士達を震撼させていた。 それから10年の月日が流れ、時は明治11年。剣心は、以前とは打って変わって人の命を奪うことを良しとしない「不殺(ころさず)の誓い」を掲げて日本各地を旅しながら、か弱き人々を剣の力で守り助ける流浪人(るろうに)として、穏やかな日々を送っていた。剣心が東京に流れ着いた頃、巷では中毒性の高い新型阿片の密売、“神谷活心流 人斬り抜刀斎”を騙る辻斬りという、2つの事件が進行していた。 女医・高荷恵は身寄りのないところを悪徳商人・武田観柳に囲われて新型阿片を開発させられていたが、良心の呵責に駆られて観柳の屋敷を逃げ出す。観柳は恵を連れ戻すため、鵜堂刃衛を差し向ける。恵の逃げ込んだ警察署内で刃衛は斬殺を繰り広げたが、恵を取り逃がした。 一方、辻斬りの流派と噂されたために門下生が皆無となった神谷活心流の師範代の少女・神谷薫は、剣心を犯人と勘違いして挑みかかるが、軽くいなされる。その直後に薫は刃衛と遭遇し、斬られそうになったところを剣心に救われる。 神谷道場へ戻った薫に、今度は別の観柳の手下たちが道場の土地を譲るよう押しかけ、狼藉を働く。観柳が禁制品を取り扱う港を新設するために、神谷道場の界隈はうってつけの場所にあったのだ。そこに現れて手下たちを昏倒させた剣心は、まもなく駆けつけてきた警官隊に騒動の原因は自分にあって道場は無関係だと告げ、手下ともども警察へ連行される。

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原作から出てきたままの剣心がいました。佐藤健さんの再現度がすごいです。刀のさばき方やその速さも驚きました。 ストーリーの細かい部分は原作とは違いましたが、原作ファンも納得のキャスティングだったと思います。このまま続きも見てみたいなと思いました。 1つだけ惜しかったのが、斎藤一の牙突がなんか違う…というところでした。

るろうに剣心 京都大火編

元新撰組三番隊組長の警官・斎藤一は迷路のような道が続く廃坑道へ調査に踏み込む。そこで次々と仲間の警官達が姿を消していく。斎藤が物音を追うと、道の奥で顔を包帯で巻いた男、志々雄真実と出会う。志々雄の命令で吊された警官達が炎の海へ落とされるのを見た斎藤は志々雄に迫ろうとするが行く手を阻まれ、志々雄は道を塞ぎそのまま姿を消していく。 「人斬り抜刀斎」も過去の人物として扱われる平穏な時代の中、剣心達は明治政府内務卿で剣心と旧知の間柄でもある大久保利通と会見。大久保は、志々雄が京都で再び暗躍していることを告げる。 志々雄は剣心と比類する剣術を持つ「影の人斬り」であったが、剣心が刀を置いた鳥羽・伏見の戦いで維新派が勝利した後、同士に裏切られ斬られた後、体を焼かれた。志々雄は奇跡的に一命を取り留め、京都に身を潜めて明治政府への復讐と転覆を目論み兵を集めている。政府も数々の手を打ったが頼れるのはもはや剣心のみとなったのだった。会見の一週間後、大久保は志々雄率いる特攻部隊「十本刀」の一人瀬田宗次郎に殺害された。志々雄らの犠牲となった大久保や警官達から、剣心は過去の自分の過ちと照らし合わせ、京都に行くことを決意する。

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前作に続いて、やはりキャスティングはばっちりでした。宗次郎に神木隆之介さんを選んでくれたことがとてもうれしかったです。絶対に彼にやってほしいと思っていたので、登場シーンから原作通りの宗次郎で鳥肌が立ちました。十本刀はせっかく揃っているのに張以外の出番がほぼ無かったのが少し残念でした。彼らのエピソードがあると更にストーリーが深まったのになぁと思いました。

るろうに剣心 伝説の最期編

目を覚ました剣心は、その名と剣技を与えてくれた師匠である比古清十郎と久しぶりの再会を果たす。比古は偶然見つけた剣心を救い、作陶工房を兼ねた自宅に運んだのだった。剣心は志々雄を止めるために飛天御剣流の奥義伝授を願い出る。 その頃、煉獄が東京湾に到着。志々雄は大久保の後任者、伊藤博文を呼び出し海岸で会合を行う。都合の悪い事は全て闇に葬る伊藤の政治のやり方に「俺を焼いたのも政治なのか」と問いかける。志々雄はかつて体を焼かれたせいで自身の体は発汗が出来なくなり、生きているのも不思議な高熱を常に宿す肉体と化したのだ。志々雄に「命が惜しければ剣心を探し、民衆の目の前でさらし首にしろ」と恐喝された伊藤は、政府に剣心の指名手配を命じた。 一方、葵屋では、左之助と弥彦が剣心と薫の安否を心配していた。京都にも剣心の指名手配の情報が入り左之助は激怒するが、弥彦は剣心がまだ生きているという証拠で、きっと薫も一緒だと希望を持つ。その時、葵屋に届けられた手ぬぐいを持ってきた客から事情を聞き、病院へ行くと昏睡する薫の姿があった。 剣心は奥義を伝授してもらうべく、師匠に木剣で挑みかかるが全く刃が立たず軽くあしらわれていた。それでも剣心は命を引き換えにしてでも奥義を会得しようとするも、比古は愚かだと首を振り、今の自分に欠けているものを理解するよう告げられ悩み考える。 翌日、竹林の中で比古は「今のお前ではまた人斬りという過ちを犯すだろう。そんなお前に引導を渡すのが師匠の務めだ」と語り、剣心と真剣を交える。戦いの中で恐怖を覚える剣心だったが、それは師匠への怯えではなく、そこにある死への恐怖だと気付く。無我夢中で比古に対する剣心は、志々雄を倒さないまま半ばで命を落とすことを拒否する一心と共に刀を一閃。その一振りに感心する比古は、剣心に足りなかったものは生きようとする意思であり、その命の重みが奥義の会得への第一歩だと諭す。

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原作とストーリーの大筋は一緒ですが映画用にかなり変更点が多いなと思いました。最後の志々雄との戦いのシーンは剣心と一対一でやるところが見たかったというのが正直な感想です。蒼紫もかなり印象が違うキャラになっていたので少し残念です。 監督やスタッフやキャストは最高のメンバーだと思うので、原作通りのストーリーで京都編をシリーズ化してみてほしいなと思いました。

レイダース 失われたゾンビ

ゾンビに襲われ仲間を殺された記者が裏に隠された秘密を探り出すと、かつて受刑者を実験台にしていた研究施設があったことが判明する。記者は成り行きで係わる羽目になった医者と発明マニアの少年を伴い施設跡地の廃墟に潜入するが、ゾンビたちが現れて彼らに襲いかかる。

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この映画は決して万人向けではないことを最初に断らせていただきます。ネットでの評価もケチョンケチョンに貶されていますし、本作を偏愛している私も“まあ、そう言われてもしょうがないな”などと思っている次第でもあるのです。ですが個人的には気に入っている一作なのであります。ゾンビを退治するのに光線銃(?)を使うのですがそれがちゃちなSFXなのです。ですが、その安っぽさに魅力を感じるのです。このレベルの低さは特筆に値するともいえましょう。この拙文を読んで“どこまでヒドイ映画なのか”と逆に興味を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、DVD化はされていないようなのです。まあ、それも当然か、などと思うのですが本作より、もっとヒドイ(と筆者は思う)『死霊の盆踊り』がDVD化されているので、もしかしたら本作もDVD化されるかも、という淡い想いを持ってしまうのです。

レオン

ニューヨークで孤独に生きるイタリア系移民のレオンは、プロの殺し屋として、レストランの店主という表の顔を持つイタリア系マフィアのボス、トニーを介した依頼を完璧に遂行する日々を送っていた。 ある日、「仕事」帰りのレオンはアパートの隣室に住む少女マチルダと、彼女の顔に父親からの暴力の痕があることをきっかけに知り合う。マチルダは実父であるジョセフだけではなく、異母姉のジョアンからも虐待を受けており、継母のマージからはまるで関心を向けられず、幼い弟マイケルにしか心を開けない、閉塞感に満ちた日常を送っていた。「大人になっても人生はつらいの?」と尋ねるマチルダに、レオンは「つらいさ」と答える。 その翌日、ジョセフが麻薬密売組織の「商品」を横領したことを見抜いたスタンスフィールドとその一味がジョセフの部屋を襲撃。現場は銃撃戦となり、マチルダの家族は4歳のマイケルもろとも殺害される。家に居たくないと、レオンのためにいつもの2パックの牛乳を買いにでかけ、運良く難を逃れていたマチルダは、とっさに隣室のレオンに助けを求め、レオンはしばし逡巡した後に彼女を保護する。

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『レオン』という映画、言わずもがなの名作です。 特に、当時13歳のナタリー・ポートマンが演じるマチルダには誰もが恋してしまう不思議な魅力があると思います。 ただ、個人的には、マチルダ以上に主人公のレオンが大好きです。 レオンは「最強の殺し屋」という男子なら一度は憧れるダークヒーローでありながら、内面はめちゃくちゃ「ピュア」で優しい男なのです。 そして、何故か私は、そんなレオンを見てるとモチベーションが高まりまくるのです。 彼はただ仕事のことだけを考えて、毎日のトレーニングと武器の手入れを怠りません。おそらく、努力とは思っておらず、生活の一部になっているのでしょう。 そして、そんな彼の日々の積み重ねが、最終的に愛する女の子を救うのです。 殺しが生活になっていた悲しき男の、人生がマチルダを救ったのです。 私も、毎日何のために働くのかわからなくなることがあります。 しかし、『レオン』を見ると私の人生もいつか誰かを救うのかもと思えるのです。 そして、牛乳を飲んで筋トレしたくなるのです。 最強の殺し屋に未だに憧れてしまうのです。

レナードの朝

1969年、人付き合いが極端に苦手なマルコム・セイヤー医師が、ブロンクスの慢性神経病患者専門の病院に赴任して来る。そもそも研究が専門であり、臨床の経験の全くないセイヤーは、患者との接し方で苦労するが、本来の誠実な人柄で真摯に仕事に取り組む。そんなある日、患者たちに反射神経が残っていることに気付いたセイヤーは、ボールや音楽など様々なものを使った訓練により、患者たちの生気を取り戻すことに成功する。更なる回復を目指し、セイヤーはパーキンソン病の新薬を使うことを考える。まだ公式に認められていない薬ではあるが、最も重症のレナードに対して使うことを上司のカウフマン医師とレナードの唯一の家族である母親に認めてもらう。当初はなかなか成果が現れなかったが、ある夜、レナードは自力でベッドから起き上がり、セイヤーと言葉を交わす。30年ぶりに目覚め、機能を回復したレナードは、セイヤーとともに町に出る。30年ぶりに見る世界はレナードにとって全てが新鮮であり、レナードとセイヤーは患者と医師との関係を超えた友情を育む。 この成功を踏まえ、セイヤーの働きに共感した病院スタッフらの協力の下、他の患者たちにも同じ薬を使用することになる。すると期待通りに、全ての患者が機能を回復する。目覚めた患者たちは生きる幸せを噛み締める。

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見たのはおよそ20年前(笑)かなり若いころに見た記憶と映画を見終わった後目を真っ赤にして泣きはらしたもよく覚えています。どうにもならないことに対してどうにかしようともがく医師とその隣に無垢な一人の患者の物語でした。実話との話も聞いたことがあり、不確かではありますがなんて人生は無情なんだと悲壮感にくれた映画でした。その衝撃が今も尚深く残っております。

ロードオブザリング 3部作

時は中つ国第3紀。ホビット庄は、ビルボ・バギンズの111歳の誕生日を祝うために大騒ぎだった。ビルボの旧友、魔法使いガンダルフも訪れ、2人は久し振りの再会を喜んだ。ところがこの日を境に旅に出ることを決心していたビルボは、皆の前で誕生日のスピーチをするも、「今日でお別れです」との言葉とともにポケットに入れていた不思議な指輪をはめ、突然姿を消してしまった。 懸念を抱いたガンダルフは ビルボの部屋で彼を待ち構える。「魔法の指輪を軽く見るな、その指輪は残していけ」と説得されたビルボはついに指輪を手放して出立し、指輪はビルボの養子フロドに託されることとなった。そしてガンダルフは指輪の秘密を探る旅に出る。 しばらくの時を経て、ガンダルフはフロドのもとへ戻ってくる。隠してあった指輪をフロドから受け取ったガンダルフは、燃えさかる暖炉の火に指輪を投げ込んだ。するとそこには今まで見えなかった文字が浮かび上がる。それはエルフ文字で書かれた闇の国の言葉だった。 この指輪こそが冥王サウロンの指輪だったのだ。サウロンの魂は指輪とともに生き残り、全世界を再び闇の支配下に置くため、指輪を全力をかけて探しているという。そしてすでに、指輪がフロドの手にあることまで嗅ぎ付けていた。指輪を破壊する唯一の方法は、モルドール国の滅びの山の火口“滅びの罅裂(かれつ)”に指輪を投げ込むしかない。 ガンダルフはフロドに、半エルフのエルロンドが主をつとめる裂け谷の館へ旅立つように指示する。フロドは、バギンズ邸の庭師であり親友のサムワイズ・ギャムジー(サム)と共に村を出た。一方ガンダルフは白の賢者サルマンに助言を求めるため旅立つ。

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圧倒的な映像表現で見せて来るファンタジーの大作です。物語はトールキンの指輪物語を忠実に再現しており、その世界観がまがまがしくも美しく描き出されています。選ばれた勇者たちが次々と脱落していくストーリーも毎回はらはらさせられます。個人的にはボロミアを演じたショーン・ビーンがさすが死に役俳優といわれるだけあって、いい味を出していたと思います。

ロッキー

アメリカの建国200年を目前に控えていた1975年。フィラデルフィアに暮らす三流ボクサーロッキー・バルボアは本業のボクシングによる賞金だけでは生活していくことができず、知人である高利貸しの取立人を請け負いながら日銭を稼ぐというヤクザ気質な生活を送っていた。素質はあるのにこれといった努力もせず、所属するボクシングジムのトレーナーであるミッキーからもその落ちぶれた様に愛想を尽かされ追い出されてしまう。 そんな自堕落な生活を送っていたロッキーにも生きがいがあった。近所のペットショップで働くエイドリアンの存在である。ロッキーは、精肉工場で働く親友ポーリーの妹であるエイドリアンに恋心を抱き、毎日ペットショップへ足を運んでは話しかけるものの、内気で人見知りが激しいエイドリアンはなかなか打ち解けない。そんな妹に好意を寄せているロッキーを、ポーリーは奇異に思いながらも感謝している。ロッキーとエイドリアンは不器用ながら距離を縮めてゆき、やがてお互いになくてはならない存在になっていく。

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ボクサーファンならずとも名前ぐらいは知っている架空のボクサー「ロッキー」の第一作目です。 今では大御所俳優である「シルベスター・スタローン」が自身で脚本を書き、主演を務めた作品としても有名です。 人生の底辺を送っていたロッキーが世界チャンピオンであるアポロと戦い、最後は判定負けしますが、そこまでのストーリーは本当に泣けます。 スタローン自身もこの映画で一躍時の人となり、映画の内容と自身のライフスタイルが一致しているという名作中の名作です。

ロッキー2

アポロ・クリードとロッキー・バルボアのプロボクシング世界ヘビー級タイトルマッチは、チャンピオンのアポロが辛うじて王座を死守したが、世間は無名の挑戦者ロッキーの健闘を称えた。 アポロから「再戦を受け入れろ」と挑発されながらも、再試合はしないと決めていたロッキーはボクシングの世界から身を引き、恋人のエイドリアンと結婚し新居を構える。ポーリーはロッキーの後を引き継いで、ヤクザ仲間のガッツォとの集金係を担当する。そしてエイドリアンの妊娠も判明し、時には近所の子供たちとの遊びに付き合ったり、新生活のためにCM撮影に臨むが、生来不器用なロッキーはセリフもまともに読むことが出来ず、失敗。当てにしていたギャラが入らず、ポーリーの紹介で精肉工場で働くがやがて不況による人減らしのために解雇されてしまう。自分にはボクシングしかないと気づくロッキーだが、夫の体を気遣い2度とリングに上がらせたくないエイドリアンは、身重の体でありながら生活のために元いたペットショップにパートタイマーとして働きに出る。また前回の試合で負傷したロッキーの眼を心配する老トレーナーのミッキーも現役復帰には断固反対する。ロッキーは仕方なくあきらめ、リングに上がらせてもらう替わりにジムで働かせてもらうことになる。

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「ロッキー2」は映画ロッキーの続編です。 前作で世界チャンプのアポロに判定負けしたロッキーでしたが、アメリカ中のボクシングファンは本当はロッキーが勝っていたのではないか?という疑問を持ち始めます。 それに対して正規チャンピオンであるアポロが本当の決着を付けてやると意気込み、再度ロッキーと試合を行います。 前作の泥臭さに比べるとやや見劣りしますが、ロッキー1を観た人なら絶対に楽しめる事間違いありません。

ロッキー3

宿敵アポロ・クリードとの凄絶なリターンマッチに勝利したロッキー・バルボアは、プロボクシング世界ヘビー級チャンピオンとして快進撃を続け、10度もの防衛に成功。その人気は国民的なものとなり、新聞や雑誌、TVCMに頻繁に出演し、満員の大観衆の中でプロレスの世界ヘビー級王者“サンダー・リップス”とチャリティー異種格闘技戦を行うなど、その存在はまさに時代の寵児となっていた。私生活でも巨万の富を得て、フィラデルフィアの豪邸で妻エイドリアンと息子と三人で何不自由ない生活を送り、ロッキーは今まさに幸せの絶頂にあった。 フィラデルフィア美術館に自身のブロンズ像が設置された日、除幕式の席上でロッキーは現役引退を発表する。会場でそれを聞いた世界ランキング1位の新進気鋭クラバー・ラングは、「ロッキーは弱い選手と戦ってばかりで自分から逃げている、世界1位の俺と戦え」と侮辱的な言葉で挑戦状を叩きつける。激昂して挑戦を受けようとするロッキーに対し、ミッキーは「クラバーの言う通り弱い選手と防衛戦を組んでいた」「クラバーは強い、お前に勝ち目はない」「どうしてもやるなら俺はトレーナーを降りる」と言い放った。

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ロッキーシリーズの中でも一番すきなシーンがあったのがロッキー3です。マネージャーのミッキーが死んだ後にロッキーは悲しみの中でやり場のない怒りで失望します。 その時、前回で元チャンピオンのアポロがリターンマッチをしろと言うところからアポロのトレーニングに入るロッキーですがトレーニングについていけず心の中でボクシングの怖さを相手から思い知らされる事になったロッキーに妻のエイドリアンが本音を言ったらと、ロッキーは怖いんだと言ってそれのどこが悪いんだとエイドリアンがロッキーを奮い立たせます。またトレーニングを続行していくロッキーとアポロあさの砂浜を走るところからロッキーのレベルアップにつながる過酷な再戦のためのトレーニングに入るシーンはもう観ていた私も熱くなる瞬間でした。もっともっと感想したいことはありあまるほどあるんですがとりあえずロッキー3の話しの見どころはこの位にします。

ロッキー4/炎の友情

クラバー・ラングを倒し再びチャンピオンへと返り咲いたロッキーは、国民的ヒーローとして、家族や友人に囲まれながら幸せな生活を送っていた。そんなある日、ソビエト連邦のアマチュアボクシングヘビー級王者イワン・ドラゴが訪米。ソ連のプロボクシング協会加入を発表し、世界ヘビー級王者であるロッキーとの対戦希望を表明した。それを聞いたアポロはロッキーに「引退して時間が経っても、戦士としての自分は変えられない」と語り、ロッキーに代わってドラゴとの対戦を受けると申し出た。 アポロ対ドラゴのエキシビションマッチはラスベガスで開催された。ロッキーをセコンドにつけ、スーパースターのジェームス・ブラウンが歌う華やかな演出の中、陽気にリングに上がるアポロ。それに対し、会場のブーイングにも臆することなく無表情で傲然と佇むドラゴの姿に、ロッキーは一抹の不安を覚える。試合が始まると、最初はアポロが往年のテクニックでドラゴを翻弄し余裕を見せつけていたが、ドラゴが反撃に転じると、アポロはその強烈なパンチになす術もなく打ちのめされてゆく。もはやエキシビションなどではなく、ドラゴが本気でアポロを叩き潰そうとしている事に気付いたロッキーは試合を止めさせようとするが、ボクサーとしての闘志に火が付いたアポロはそれを拒否し、諦めずに立ち向かっていく。だがそれも空しく、ドラゴの強打を浴び続けた末にアポロはリングに倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。

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ロッキーシリーズの4作品目です。 4作品目は非常にテーマが重く、ロッキーファンにはとても人気のある作品です。 敵でありライバルであり友人となった盟友アポロ・グリードがロシアからの刺客である「ドラコ」と試合をし、命を落としてしまいます。 怒りに震えたロッキーはドラコと対戦しますが、試合は相手のホームでブーイングの嵐の中、何度も打ちのめされノックアウトされそうになっても戦い抜きます。 最後はなんとかロッキーが勝利を納めますが、映画の中でもアメリカとロシアの中の悪さを象徴しているような印象を受ける感慨深い作品です。

ワイルド・スピード/スーパーコンボ

イギリス・ロンドン。殺人ウイルス「スノーフレーク」を積んだテロ組織のトラックをMI6の部隊が襲撃。ウイルスを確保しようとするも、ブリクストン率いる科学テロ組織「エティオン」の一団が現れ部隊を一掃する。部隊の1人ハッティ・ショウは、ブリクストンらの手にウイルスが渡るのを阻止するためウイルスを自身の体内に注入しその場から逃走。ウイルスを逃したブリクストンは情報操作によってハッティを部隊を裏切ったテロリストに仕立て上げたのであった。 英米両政府は、元アメリカ外交保安部(DSS)の捜査官ルーク・ホブスと、ハッティの兄で元イギリス軍特殊部隊員・元MI6エージェントのデッカード・ショウにハッティの保護を依頼。かつて敵同士であった経緯から協力関係を結ぶことを拒否した2人は単独で行動するも、ホブスがハッティの身柄を確保したことで再び合流。しかし、そこへブリクストンが現れハッティを連れ去る。ブリクストンを追うホブスとショウであったが、組織に人体改造を施され超人的な力を得たブリクストンの前に2人がかりでも苦戦を強いられ、ハッティを取り戻しカーチェイスの末にブリクストンの追跡を振り切るもハッティと同じく情報操作によってテロリストに仕立て上げられてしまう。 世間から身を潜めながら、エティオンに関わるアンドレイコという男の存在を突き止めた3人は、彼に会うため3人はモスクワへ向かう。科学者であるアンドレイコはスノーフレークを生み出した張本人で、それをエティオンに悪用されてしまったのだという。アンドレイコからウイルスが間も無くハッティの体を侵し世界に拡散するであろうこと、エティオンの研究所にウイルス抽出装置があることを聞き出した3人はマダムMの手引きによって研究所内に潜入、一度はブリクストンに拘束されるも装置を奪うことに成功する。しかし、脱出の際の激しいカーチェイスによって装置は破損してしまうのであった。

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 ワイスピの番外編的な作品ですので、これまでのワイスピとは雰囲気が全く違います。ですが、前作のICEBREAKでボブスとショウのバトルシーンと小気味よい?罵りあいにワクワクした人には堪らない作品でしょう。なぜなら本編中ずっとそれが見られます。ゴリゴリのパワーファイトのドウェイン・ジョンソン演じるボブスと、キレッキレの格闘技術が鮮やかなジェイソン・ステイサム演じるショウのアクションはいつまででも見ていたくなります。そして二人の口汚い罵りあいは今作でも絶好調で、笑いが止まりませんでした。ヒロインのヴァネッサ・カービーは本当に綺麗でかっこいいし、敵役のイドリス・エルバもシブくてやばいです。デッドプールの監督だからなのか分かりませんが、ライアン・レイノルズがちょっとした役なのに存在感全開で滅茶苦茶ウケました。ワイスピのコアなファンにはナニコレ的な作品ですが、アクション映画としては最高の出来だと思います。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

かつてテレビの西部劇スターとして名を馳せていた俳優リック・ダルトンは、カウンターカルチャーの影響で変容しつつあるハリウッドの中で時代の流れに取り残され、今やドラマの悪役や単発企画へのゲスト出演に甘んじていた。リックの親友で専属スタントマンのクリフ・ブースもリックと同様に時代の流れの煽りを食い、また過去に自身が起こした出演者とのトラブルもあって実質リックの世話係を務める毎日を送っていた。そんな中、シエロ・ドライブにあるリック邸の隣にまさに時代の寵児となりつつあった映画監督ロマン・ポランスキーと売り出し中の若手女優シャロン・テートの夫妻が引っ越してきていた。 1969年2月8日、リックは西部劇愛好家の映画プロデューサーマーヴィン・シュワーズからイタリアの西部劇映画への出演を勧められる。ハリウッドスターとしてのプライドから誘いを固辞するリックは、ハリウッド俳優としての限界を改めて突きつけられたとクリフに泣きつき、自身とは正反対に多くの友人に囲まれながら華やかで幸福な前途洋々の生活を送るポランスキー、シャロン夫妻を苦々しく見つめるのであった。 1969年2月9日、リックはクリフの運転で撮影現場へ向かう。リックから撮影中に家のアンテナを修理しておくように依頼されたクリフは屋根の上から、ポランスキー邸に向かう一台の車を目撃する。やがて車から降りた男に対して、ポランスキー邸に出入りしているシャロンの元恋人で友人のジェイ・セブリングが声をかけると、男は「“テリー”を探している」と言う。ジェイが「ここは1ヶ月前からポランスキーの家だ」と返すと男は去っていった。

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「レザボア・ドッグス」や「キル・ビル」シリーズなどで知られるクエンティン・タランティーノ監督によるハリウッドを舞台とした「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、一言で言えば面白い映画です。個人的にタランティーノ作品の多くは過剰な暴力や大量の血糊、メインの登場人物が凌辱されるといったような、偏見かも知れませんがそんなイメージが強く、これまで好きな作品はありませんでした。今回の作品についてもさほど期待せず見に行ったわけですが、結果として最後まで楽しむことができ、長尺ながらあっという間に見終えることができました。実話がベースとなっていることもあるのか、タランティーノ監督特有の癖のある演出はどこか控えめな印象で、と言うよりも、とりとめのない雑談や枝葉のエピソードなども全体としてうまくはまっていたように感じました。これまでのタランティーノ作品への印象から、いつあの惨劇が始まり、どう描かれるのか不安もあったのですが、結果として幸福のうちに幕が閉じたのでよかったです。この監督にしてはまっとうなつくりの、ハリウッドや西部劇への正当な愛を感じる素敵な作品に思えました。
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドは、1969年のアメリカが舞台なので、当時のアメリカのヒッピームーブメントの様子が描かれていて、勉強になるし、自分も当時のそのムーブメントに参加したいと思いました。もちろん犯罪的なことはやりたくありませんが、当時のヒッピームーブメントの自由な様子に憧れると思いました。

亜人

〝「亜人」とは 死ぬことが出来ない新しい人類である。 どれだけ肉体が傷付いても、 一時的に死ぬ事で、元通りに再生する特徴を持つ。 26年前、アフリカで初めて発見され、 現在、全世界で46体確認されている。 日本政府は亜人管理委員会を設立し、 謎を解明するため、日々、研究を重ねている。〟 2017年、東京。 東都大学付属病院の26歳の研修医・永井圭は、千代田区中之橋の路上でトラックに轢かれました。 交通事故で死亡したのですが、その場で生き返ったことで、圭は亜人であることが判明します。 国内では3例目でした。 厚生労働省に引き渡された圭は、その日から極秘の研究所でさんざんな目に遭います。 厚生労働省は、亜人が死なない謎を解明するために、圭を検査台に拘束すると、ありとあらゆる人体実験を行ないました。 一旦死んで蘇ることを、リセットと表現します。 亜人は死んでもリセットされて再生しますが、痛みは伴います。また死ぬまでは再生せず、つらい時間を過ごします。 3日間、亜人として人体実験を繰り返された圭のところへ、突然変化が起きました。 施設が爆破され、佐藤と名乗る男と田中功次という男が、圭を救出に現れたのです。 佐藤も田中も、亜人でした。攻撃を受けて被弾しても、自殺することでまた再生します。 そして佐藤も田中も、かつて亜人として圭と同じように、この施設で同じ人体実験を施された者でした。 施設の責任者・戸崎優は、非致死性麻酔薬を打つことで、対抗しようとします。

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やり直したいって後悔することがあるので、やり直せる人生って良いなと思っていました。しかし、死ねない人間、亜人になってから国に追われて、実験台にされ何度も殺され同じ時間を生きる姿は悲しくなりました。人生は楽しいこと以外に苦しいことや悲しいことなどもたくさんあるけど、一度きりだから幸せなんだなと感じました。また、亜人たちの戦い方は、片手から復活できるなと迫力のあるものでハラハラでした。

悪魔のいけにえ

墓荒らしが頻発しているテキサス州に、5人の男女が帰郷がてら墓の無事を確かめるために訪れた。一行はその道中で一人のヒッチハイカーを拾うが、ナイフで自傷行為に及び、切りかかるなどの異常な行動を起こす。その後、一行はガソリンを分けてもらうために近隣の家を訪れるが、そこには先ほどのヒッチハイカーやその弟である殺人鬼・レザーフェイスが住んでおり、一人また一人とレザーフェイスにより殺されていく。墓荒らしの犯人はレザーフェイス一家(ソーヤー家)であった。

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何でも実際にあったことを映画化したということですが真偽の程は定かではありません。この一作によってトビー・フーパーの名前は一躍知られることとなりました。所謂スプラッター・ムービーの先駆けともいうべき作品で、それほど過激な殺戮シーンはないのですが普通の映画だったら一夜あければ終わるのですが、朝になっても電動ノコギリでヒロイン(?)を執拗に追いかけてくるというのは、型破りな展開だったと感じたことを覚えています。因みに本作から12年後に『悪魔のいけにえ2』が制作されたのですが、続編の宿命により一作目を超えることは出来ていないと思いました。

引っ越し大名

時は江戸時代前期。姫路藩主の松平直矩は幕府から豊後国日田藩への国替えを命じられる。国替えとは、参勤交代をはるかに上回る莫大な労力と金額が必要な一大事業なのだが、直矩はこれまでの度重なる国替えで藩の財政事情は苦しいというのに、減封まで言い渡される。さらに悪いことに、国替えを担当していた引っ越し奉行が激務がたたって亡くなってしまう。 そこで直矩は後任の引っ越し奉行に、書庫番の片桐春之介を指名する。彼は人と接するのが苦手で、いつも書庫にこもって書物を読んでばかりいたため、周囲から「かたつむり」とあだ名されていた。いつも書物を読んでばかりいるのだから、国替えの知識があるだろうという理由から、春之介が引っ越し奉行に任命されたのだった。 しかし、国替えの経験などない春之介はどこから手をつけて良いか分からず悩み、前任の引っ越し奉行の娘・於蘭に助けを求める。春之介は仲間の協力や於蘭の厳しい引っ越し指南に助けられて、国替えの準備を進めていく。

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引っ越し大名!という時代劇映画を観ました。とても面白く観ることができました。主人公等の性格がとてもよかったです。陰気な青年と、陽気で場を盛り上げる青年、意思の固いでも優しさのある女性が出ていました。三人の性格はそれぞれ違うけれど、同じ目標に向かって努力をしていく。その姿は非常に感動的で、お互いの掛け合う言葉が面白おかしく思える場面があり、とても良く面白く観させていただきました。

黄泉がえり

熊本県阿蘇地方(原作とは異なる)で死んだ人が蘇るという超常現象が起こる。厚生労働省職員の川田平太は、現象の謎を探るため、自分の生まれ故郷でもある現地に赴く。「ヨミガエリ」と名付けられたこの現象は、さまざまなところで人が心に抱いていた思いを呼び起こすきっかけとなって行く。やがて山中で巨大な隕石口が発見され、また現象に対する研究も進められるが、突如ある限界が訪れる。

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私が心に残っている映画は、元SMAPの草彅剛君と竹内結子さんが主役の黄泉がえりです。 亡くなった思い人である親友の妻役の竹内結子が甦り、親友と言う存在を通し自分を思ってくれていた草薙と出会う事から物語が始まります。 当時私がこの映画を見るきっかけになったのは、草彅君の大ファンであった事と、ちょうど実の父が亡くなった事が重なった為です。 初めは、内容のあらすじがあまりわからなかったのですが、草薙さんが竹内結子さんを強く思う姿に、思わず自分を重ねてしまいました。 黄泉がえりのタイトルからもお分かりの通り、思い人が蘇り、家族や自分の親しかった友人と本当に最後の思い出を築き上げ、そして本当の別れを次げる・・・。 最後にはその意味が良く分かりましたが、凄く心を打たれた内容で、家族や友人にいつでも会えると言う事は本当に大切な瞬間なんだと気づかされた作品でした。 劇中挿入歌である柴崎コウさんがRUIとして歌う月のしずくは今でも聞き続けているので、亡くした家族がいらっしゃる場合は是非お勧めしたい作品です。

崖の上のポニョ

魚の女の子ポニョは、海の女神である母と魔法使いの父に育てられている。ある日、家出をして海岸へやってきたポニョは、空き瓶に頭が挟まっていたところを、保育園児の宗介に助けられる。宗介は魚のポニョが好きになり、ポニョも宗介が好きになる。ところが、ポニョがいなくなったことに気づいた父に追いかけられて捕まり、ポニョは海底に連れ戻されてしまう。 ポニョの父は、海底にある家の井戸に、”命の水”を蓄えていた。その井戸が一杯になると、忌まわしき人間の時代が終わり、再び海の時代が始まるのだという。ポニョは、宗介に会うために家から逃げ出そうとして、偶然に、その井戸へ海水を注ぎ込んでしまう。すると命の水はポニョの周りに溢れ出し、ポニョは人間の姿へと変わる。強い魔力を得た彼女は激しい嵐を呼び起こし、津波に乗りながら宗介の前に現れて、宗介に飛びついて抱きしめる。宗介は、女の子の正体が魚のポニョであるとすぐに気づいて、彼女が訪れたことを嬉しがる。 一方、ポニョの父は、”ポニョが世界に大穴を開けた”と言って、このままでは世界が破滅すると慌て出す。しかし、ポニョの母は、ポニョを人間にしてしまえば良いのだと夫に提案する。古い魔法を使えば、ポニョを人間にして、魔法を失わせることができるのだ。だが、それには宗介の気持ちが揺らがないことが条件だった。さもなくば、ポニョは泡になってしまうという。 嵐が落ちつくと、宗介の母は、彼女が勤めている老人ホームの様子を見に出かけていく。翌朝、ポニョと宗介が母の後を追うと、途中でポニョは眠り出し、魚の姿に戻ってしまう。そこへやってきたポニョの父が、二人を海底に沈んでいる老人ホームまで連れて行くと、そこには宗介の母とポニョの母が待っていた。 ポニョの母は、宗介が心からポニョを好きなことと、ポニョが魔法を捨てても人間になりたいことを確かめて、ポニョを人間にする魔法をかける。ポニョと宗介が陸に戻り、キスをすると、ポニョの姿は5歳の女の子に変わるのだった。

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崖の上のポニョはお気に入りで何度も見ているのですが、なぜそこまで好きなのかと考えると、誰も悪者が出てこないことが大きいのかなと思います。 フジモトは一見悪役のように描かれますが、実は娘のことを大事に思う父親がいろいろと手を出そうとしているだけで、どちらかというとよくある愛情のすれちがいなのだなと思います。 そうすけ君のまわりの人たちも個性があって面白く、とても心地よいです。 ポニョがいなくなったときに泣いたりぼーっとしてしまうところなどはとてもじーんときますし、悪役のいない優しい世界でうまく視聴者の感情を盛り上げてくるのが素敵な作品の理由かなと思います。 最後に大団円でうまくまとまるので、見終わった後に良い気分になれるのも良いところだと思います。

顔のない天使

1968年の夏、ニューヨーク州在住のノースタッド家はメイン州の避暑地で休暇を過ごしていた。12歳のチャックは姉、妹とそれぞれ父親が異なる複雑な家庭に育ち家族から孤立していた。名門士官学校への進学を希望していたチャックは元教師ジャスティン・マクラウドの存在を知り個人教授を依頼するも断られる。マクラウドも交通事故による火傷と事故の記憶により孤立していた。孤独な二人はいつしか信頼関係を築くようになり入学試験へ向けた個人指導が始まる。チャックはマクラウドから個人教授を受ける中で次第に私的な悩みも相談するようになる。マクラウドも人に教えることの意味、人と接することの意味、そして人生を生きる意味を再考し始める。 ある日、姉と喧嘩をしたチャックは自らの記憶とは異なる実父の死の真相を知りマクラウド邸へ駆け込む。マクラウドは帰宅するよう説得をするもチャックは帰宅せずマクラウド邸で一夜を過ごす。翌朝、チャックの母から通報を受けた保安官がマクラウド邸を訪れチャックを連れ帰宅するも、ノースタッド家と地域住民はマクラウドに対し不信感を抱くようになる。マクラウドには地域から偏見の眼差しを向けられる、ある過去があった。

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メルギブソンと言えば、「マッドマックスシリーズ」をはじめとした、アクション俳優と言うイメージですが、彼が初めてメガホンを取った「顔のない天使」は、そのイメージのまま観ると、完全に裏切られる作品です。あらぬ疑いで地域社会から疎外された元教師と、家庭に居場所が見つからず、現実逃避でしか自分を保てない少年。個人授業を続ける中で、元教師は教育への情熱を取り戻し、少年は自分を知ることにより、将来すすむ道を見つけ出す。世間は歪んだ目で二人を引き裂くけれど、心の絆までは引き裂けない。地味ですが本当によく出来た映画だと思います。自分はメルギブソンのイメージがガラリと変わりました。 最後のシーン、卒業式で愛弟子を遠くから見守り、控えめに小さく手を上げて立ち去る後ろ姿を何度見ても思わず号泣してしまいます。かつて一度でも、教師を目指したことのある人であれば、尚更心に響くとおもいます。一度是非ご覧ください。

記憶にございません!

ある時、男は東京都内の病院のベッドという場所で目覚めたのだが、あろうことか事の一切の記憶を失っていた。 こっそり病院を抜け出し、テレビを観た瞬間、そこに自分が映っていることに気づく。演説の最中、傍聴していた一般人から投石を受けてしまい、病院に直行する自分がこの国の内閣総理大臣・黒田啓介であることに衝撃を受ける。しかも、国会における討論での暴言等が原因で相当な「嫌われ者の総理大臣」であるという更なる衝撃が待っていた。 記憶喪失になってしまった男は秘書官を名乗る者たちに「お迎えにあがりました、総理。」と言われ総理大臣官邸に連れ戻され、自分が記憶喪失の状態にあることはトップシークレット、すなわち最高機密であると告げられる。 国会議員になってから現在に至るまでの一切の記憶を失ってしまったが故に、男は進めていたであろう政策や国会議事堂の場所、果ては自分の家族である妻や子供の名前すら思い出せなくなっていた。しかも最愛の妻は他の男といい関係(不倫)にあるらしく、一人息子もあらぬ方向に進んでしまっているような雰囲気を漂わせている。そんな混乱の最中になんとアメリカ合衆国大統領が来日し、日米首脳会談に臨むことになる。周囲の人間全員を巻き込んで、男の一発逆転のドラマが始まる。

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ダメ総理が国民から石を投げられて記憶喪失になり、良い人に変わっていくお話ですが、政界では記憶喪失になった時点で退陣のはずです。 しかし、あえて三谷幸喜はあり得ないストーリーを描き、想像力のスゴさに魅了されました。 国会では、言い逃れするために「記憶にございません!」と言い放つシーンは、政治家がいかにも言いそうな言葉でリアルに描いているように感じました。嫌われている総理が、更生していく様は、まさに今の時代に必要な人間力を伝えているようにも感じました。 非協力的だった政治家や、そっぽを向いていた妻や子供に対して、頭を下げなかった総理が、心から反省して人としてのあり方を見直し、正常になる場面がありました。 今の自分と照らし合わせて観ることができ、考えさせられました。 政治は綺麗事ばかりではやっていけない世界ですが、こうであってほしいという国民の願いを描いているように感じた映画でした。

去年マリエンバートで

主人公の男Xは、女Aと再会する。Xは去年マリエンバートで会ったと語りかけるのだが、Aは記憶していない。しかし、AはXの話を聞く内に、おぼろげな記憶を取り戻していく。Aの夫であるMは、「去年マリエンバートで」実際に何が起こったのか知っている。

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1960年代の映画界を代表する勢力といえばフランスの「ヌーベルバーグ」です。既成の映画文法を否定するかのような斬新な手法を使い、観客に挑戦するような傑作が多数生まれました。 その代表監督といっていいアラン・レネの「去年マリエンバートで」を見ました。ネームバリューがある傑作なので見たのですが、正直、最初の5分で寝てしまいました。時間の観念や、カットのつなぎ方など、ユニークすぎて理解に苦しみました。 ところが、時間が経ってくるとなぜか無性に見たくなるのです。謎が多い映画なので、そこに惹かれるのかもしれません。前衛なので万人に勧められませんが、なぜか繰り返し見たくなる不思議な映画です。

恐怖の魔力/メドゥーサ・タッチ

ロンドンで作家のジョン・モーラーの殺人未遂事件が発生した。パリから研修に来ていたパリ警視庁のブリュネル警部はロンドン警視庁と共にこの事件の捜査に当たる事になる。 ブリュネルはモーラーの日記と彼のカウンセリングを担当していたゾンフェルド医師の証言から、モーラーが念力の持ち主であり、その念力が様々な災いを生み出すという恐るべき事実を知る。数日前に発生した旅客機のビル激突事故も彼の念力による仕業だった。 そんな中、ミンスター寺院で大聖堂の改修費が集まったのを記念して首相や女王を招いた盛大なミサが行なわれる事になったが、ブリュネルは一人言い知れぬ不安を覚えていた。ミンスター寺院をモーラーの次のターゲットと知ったブリュネルは総監と共にミサを中止させようとするが、地元警察の信用が得られずに失敗。 多数の出席者が聖堂の中に入ったところで聖堂は崩落。列席者を避難させようとした総監も崩落に巻き込まれてしまった。 病院に駆け付けたブリュネルはモーラーの生命維持装置を引きちぎり、死に追いやることでこれ以上の犯行を食い止めようとするが、モーラーはそれをあざ笑うかのように昏睡したまま次のターゲット「WINDSCALE」[1]をメモに記し始めるのであった。

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70年代のオカルト映画のブームに便乗して制作された一作と批評される向きもありましょうがこれはオリジナリティーの高い作品と個人的には思っています。出演はリチャード・バートン、リー・レミック等、いまとなっては亡くなった人たち。主人公演じるモーラー(リチャード・バートン)殺人未遂に遭い昏睡状態。捜査にあたったパリ警視庁のブリュネル警部(リノ・ヴァンチュラ)はモーラーのカウンセリングにあたったゾンフェルド医師(リー・レミック)の証言から、モーラーが超能力の持ち主であると知り、モーリーの破壊能力を阻止しようとするのですが・・・。といった内容です。なかでも念力で飛行機を墜落させるあたりが見どころでしょうか。

きみに読む物語

認知症を患い過去を思い出せずにいるアルツハイマー症の老女と共に、療養施設へ入寮しているデュークは、ノートに書かれた物語を彼女へ読み聞かせている。 物語は、1940年のアメリカ南部シーブルックが舞台。青年ノアは別荘にやってきた17歳のアリーに一目惚れ。強引にデートに誘い、映画を見て語り合った後、仲良くなり、2人は付き合うようになる。初めてノアの家を訪ねていくとテラスで詩[3]を読んでおり、これは物語全体に関わってくる。父親はやさしく、夜にもかかわらずパンケーキを勧める。ノアは、いつか買い取って農場を始めたい古い屋敷にアリーを連れて行くが、彼女の両親が探しているといわれ中断。その後も二人の仲は認められず、ひと夏の出来事が終わった。 大学生になったアリーに毎日手紙を出したが、戦争が始まり、ノアは徴兵される。アリーは裕福な弁護士ロンと婚約する。軍隊から戻ったノアが父親が買い取ってくれた古い屋敷の改造にいそしむ。結婚式を直前にしてアリーはけじめをつけるためにノアに会いに行く。連絡がなかったというアリーに365通出したというが、母親によって没収されていたのだった。二人は激しく求め合う。 連れ戻しにきた母親が砂利工場で働く男を見せながら、「25年前に駆け落ちした人よ、あのまま彼と暮らしていたら」と説得する。アリーは納得するが、隠された手紙を見つけ、ノアの許に戻って行く。 湖を夕日が染める頃、「それ私たちね」と老女が気づく。しかし、記憶はわずかしかもたない。肩を震わせて泣くノア。

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終始泣ける映画です。田舎の労働者の男の子と、都会からやってきた令嬢の青春時代を描きつつ、晩年になってその時代を夫婦となった2人が振り返るというものです。自分の青春時代を思い出しキラキラした無敵の時間を懐かしんで泣いて、ラストの1分で号泣します。感情むき出しの男女のカップルでそれがまた可愛くて危うくて、自分と重ね合わせるのです。感情移入できるのがこの映画のよいところだと思います。前半は儚い恋を描きますが、後半は献身に妻を支える主人公の男性像を描くので、奥深く人生を綴っていると思います。
とても素敵な映画です。痴呆症になってしまった奥さんのために旦那さんが自分たちの歩みを読み聞かせをするストーリーです。最終的には少しだけ記憶が戻りハッピーエンドかと思いきや…のどんでん返しが強烈なインパクトを残します。愛って深いんだなぁと思います。お金や見た目を取るか、本当に好きな人を取るか…とても考えさせられます。おススメです。

君の名前で僕を呼んで

1983年、17歳のエリオ・パールマン (ティモシー・シャラメ) は、今年も両親と共に北イタリアの別荘で一夏を過ごしている。エリオは、アメリカの名門大学で教鞭をとるギリシャ・ローマ考古学の教授と、何ヶ国語も流暢に話す母親の一人息子だ。アカデミックな環境に育ったエリオは、他の同年代の子供に比べて、文学や古典に親しみ、翻訳(英語、イタリア語、フランス語を流暢に話す)や、音楽の編曲を趣味にする(ピアノとギターを弾く)など、成熟した知性豊かな子供に成長した。 毎年パールマン教授は、博士課程の学生を1人、アシスタントとして別荘に招待する。今年やってきたのは、課程論文を執筆中のオリヴァー (アーミー・ハマー) だった。エリオは、自信と知性に満ちたオリヴァーを、はじめは嫌厭するものの、徐々に彼に対し抑えることのできない感情に駆られていく。『君の名前で僕を呼んで』は、そんな2人に与えられた6週間の、情感と情熱溢れる恋模様を描き出す。

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 わたしがはじめて映画『君の名前で僕を呼んで』をみたのはイギリスにむかう飛行機のなかでした。のどかなイタリアの田舎町、穏やかにふりそそぐ太陽、静かにたたずむ古くからの建物。映画がはじまった瞬間から、これはわたしのすきな映画だとわかりました。  この映画では、一定の温度と速度が保たれているように感じます。ひんやりと涼しく、どこまでもゆるやかに物語は進んでいきます。そんななかで静かに、それでいてゆるぎなく確かな愛の存在をわたしたちは目の当たりにします。その愛というものの描かれ方がとにかくすばらしいのです。それはけっして巧みな愛の告白や情熱的な行動によってあらわされるものではありません。主人公のふたりが交わす本心とは裏腹のことば、不器用な触れあい、視線の交わり、ちょっとした表情。これらが合わさってなんともいえない空気がうまれています。その空気にふれるだけで、その空気を思いだすだけで、わたしは心臓がくるしくてくるしくてどうしようもない気持ちになります。

君の膵臓を食べたい

「君の膵臓をたべたい」……主人公である「僕」が病院で偶然拾った1冊の「共病文庫」というタイトルの文庫本。それは「僕」のクラスメイトである山内桜良 (やまうち さくら) が綴っていた秘密の日記帳であり、彼女の余命が膵臓の病気により、もう長くはないことが記されていた。「僕」はその本の中身を興味本位で覗いたことにより、身内以外で唯一桜良の病気を知る人物となる。 「山内桜良の死ぬ前にやりたいこと」に付き合うことにより、「僕」、桜良という正反対の性格の2人が、互いに自分には欠けている部分にそれぞれ憧れを持ち、次第に心を通わせていきながら成長していく。そして「僕」は「人を認める人間に、人を愛する人間になること」を決意。桜良は、恋人や友人を必要としない「僕」が、初めて関わり合いを持ちたい人に選んでくれたことにより「初めて私自身として必要とされている、初めて私が、たった一人の私であると思えた」と感じていく。 しかし、余命を全うすることなく、4週間の入院治療から解放されたその日に桜良は通り魔に刺されて亡くなってしまう。

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この恋愛映画は、小説からの作品で私が始めて見た恋愛映画の中で一番面白くて感動しました、また俳優さんや女優さん達も有名な方ばかりです、内容が高校生の人見知りの主人公がクラスの人気者のヒロインと恋におちるストーリーです、1つ1つの台詞がいいです、現代や過去にさかのぼる作品です、最後の展開は目が離せません。

最強のふたり

パリに住む富豪のフィリップ(フランソワ・クリュゼ)は、頸髄損傷で首から下の感覚が無く、体を動かすことができない。フィリップと秘書のマガリー(オドレイ・フルーロ)は、住み込みの新しい介護人を雇うため、候補者の面接をパリの邸宅でおこない、そこにドリス(オマール・シー)が面接を受けに来る。しかしドリスは職に就く気はなく、給付期間が終了間際となった失業保険を引き続き貰えるようにするため面接を受け、不合格になったことを証明する書類にサインが欲しいだけだった。気難しいところのあるフィリップは、他の候補者を気に入らず、介護や看護の資格も経験もないドリスを、周囲の反対を押し切って雇うことにする。 とりあえず試用期間として1ヶ月間フィリップの介護人として働くことになったドリスは、彼の豪邸で自分専用のトイレ・バス付きの部屋を充てがわれ、昨日までの生活の変わりようを喜ぶ。ドリスの仕事ぶりは少々雑ではあったが、フィリップは自身を病人としてではなく、一人の人間として扱ってくれる彼と次第に親しくなっていく。働き始めて1ヶ月後ドリスはフィリップの信頼を得て本採用が決まり、ある晩2人で外食した際に彼の体の障害や亡くなった妻の話を聞く。 数日後、フィリップが文通相手の女性に出す手紙をマガリーに代筆してもらっていた所、部屋に入ってきたドリスに「相手の女性とはお互いに顔も声も知らない」と伝える。まどろっこしく感じたドリスは文通相手の電話番号を見つけて勝手に電話してしまい、仕方なく電話に出たフィリップは相手の女性と後日外で会う約束をする。数日後、文通相手と会うために助手と2人で待ち合わせ場所に向かうフィリップだったが、自身の障害を知られるのが怖くてドタキャンしてしまう。 フィリップに電話で呼び出されたドリスはそのまま2人で飛行機で旅行に出かけ、プロの手を借りてパラグライダーでしばしの時間大空を舞う。フィリップの邸宅に戻ったフィリップとドリスだったが、そこに問題を抱えたドリスの弟がやって来て兄に助けを求める。ドリスから実家で暮らす家族の話を聞いたフィリップは、彼を実家に帰す時が来たと感じ親友のような存在となった彼との別れを決意する。

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スラム街で育った黒人、貧乏で前科持ちでどうしようもない青年ドリスとお金持ちではあるもの過去パラグライダーの事故で首から下が麻痺してしまい、脊髄損傷を負い体に大きな障害を持っているフィリップ、この歳、趣味、性格、価値観、生い立ちの全く違う全然違う二人が出会い共にこころを許し合ってお互いかけがえのない存在になっていくストーリーです。 お金持ちの人たちはお堅いのかなと思いきや精神的余裕があってドリスのブラックジョークに怒ることもなく一緒に楽しんでいて、とくにフィリップの誕生日会でみんなで踊るシーンはとても印象的です。最後につながる序盤のドライブシーンも2人の仲の良さが伝わってきて好です。 ラストにドラマチックな展開があるわけでもないが、終わった後はかなり考えさせられます。何回も見たくなる映画です。 ほんとに面白かったし、観てて幸せな気分になりました。

残穢

京都市で暮らす〈私〉の生業は小説家である。執筆分野は大人向け小説が中心だが、嘗ては少女向けにライトノベルやホラー小説を執筆しており、そのあとがきで読者に「怖い話」の募集を呼び掛けていた。その縁で、嘗ての読者から「怖い話」を実体験として相談されることがある。 2001年末(映画では2012年5月)、嘗ての読者で「岡谷マンション」の204号室に住む30代の女性・久保から1通の手紙が届く。手紙によると、久保がリビングでライターの仕事をしていると背後の開けっ放しの寝室から「畳を掃くような音」がするのだという。更には、翌年に久保から改めて電子メールが届く。相変わらず寝室から右に左に畳を擦るような音が続いたため、振り返ってみると着物の帯のような平たい布が目に入ったという。その話に〈私〉は奇妙な既視感を覚える。同じ頃、転居・同業者の夫との同居を控えていた〈私〉は荷物の整理をする内に、屋嶋という女性から1999年7月に受け取った手紙を目に留める。既視感の正体はこれだったと気づく。屋嶋も自宅マンションである401号室の寝室から時折聞こえる何かが床を掃くような音に悩まされていた。久保と屋嶋の住所は部屋こそ違えど同じマンションだったため、〈私〉は彼女らが遭遇しているのは同じものなのではないだろうかと考える。 久保と屋嶋の話を合わせる内に〈私〉の脳裏には「和服姿の女性が縊死し、その折に解けて乱れた帯が床を擦っている」というイメージが浮かぶ。久保は、その帯がいわゆる金襴緞子の帯ではないかと言う。久保は不動産業者や図書館などで調べるが、「岡谷マンション」で過去に自殺者が出たというような情報は得られない。そんな中、久保は204号室の前住者・梶川亮の不幸な出来事を知る。彼は精神を病んで「岡谷マンション」を退去し、職を辞した後に新居のアパートで首を吊って自殺していた。久保と〈私〉は「岡谷マンション」が建つ土地が「いわくつき」だったのではないかと考える。久保は「岡谷マンション」が建っている土地やその周辺のいわくを調べるため、周辺の住人への聞き取りを始める。

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ジャパニーズホラーである本作品の魅力は派手な演出を使わずに現実で起こり得そうな恐怖を感じさせてくれるところです。語りと内容だけでここまでゾッとさせてくれるホラーはなかなかお目にかかることができません。海外映画などによくあるスプラッター的な表現は全くなくないので、グロテスクな映像が苦手な方でも楽しめる作品です。

終身犯

20世紀初頭、ロバート・フランクリン・ストラウドは恋人に乱暴した男を殺した罪で懲役12年の刑に処せられ、服役していたが、面会に来た母エリザベスを侮辱した看守を殺してしまい、死刑を宣告されてしまう。しかし、エリザベスがウィルソン大統領夫人に嘆願運動を行なった結果、終身刑に減刑される。 ある日、ロバートは一羽の小鳥を保護する。その世話をするうちに鳥への興味が湧いてきた彼は鳥の研究を始め、ついにはその権威にまで登りつめる。さらに、彼の論文を読んで興味を抱いた未亡人ステラと獄中結婚までする。 しかし、前の看守長だったシューメイカーの差金で刑務所の管理方針が変わり、小鳥の飼育が禁止されそうになると、ロバートは世間に問題を提起して刑務所側と対抗した。結局、ロバートがアルカトラズ刑務所へ移送される事で決着したものの、そこの所長はそのシューメイカーであった。鳥の飼育を禁止されたロバートは、今度は法律の勉強を始める。 ある日、刑務所内で待遇の悪さに怒った囚人たちが暴動を起こす。終始冷静な態度を貫き、事態の収拾に努めたロバートはその態度を高く評価され、ミズーリ州の刑務所へ移送された。平穏な獄中生活に戻ったロバートは、心おきなく以前のように鳥類の研究に没頭するのであった。

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人を殺して終身犯になった男がやがて鳥類学者になるという信じられないような実話の話、初めて見た時はこのような話はとても日本ではありえないことだと思いました、アメリカは自由な国と言われますが、犯罪者がそれも獄中で学者になれることに驚きました。学会も犯罪者と差別することなく認めるという決断をよくしたものだとアメリカの自由と寛容さに感動しました。

ナラタージュ

結婚を決めた工藤泉は結婚相手のかたわらで昔の恋人のことを思い出し回想していた。 大学2年生となった泉の元にかつて想いを寄せていた高校の恩師葉山貴司から突然電話がかかってきた。葉山の話によると、高校の演劇部の部員が減少して公演を行うことが難しくなってしまったため、3年生の引退公演を手伝ってくれそうなOB(OG)を探すため思い当たる節に連絡してみたのだという。後日、泉、黒川博文、山田志緒、黒川の友人の小野玲二が演劇部に協力することになり、週に1度高校で稽古をすることが決まり、泉は葉山との距離を詰める。 稽古の回数が進んだある日、泉は小野から交際を申し込まれたが葉山への断ち切れない想いに気づきこれを断る。そして葉山への想いを強めて行くが、葉山が妻と別居中であること、葉山が妻と籍を入れたままにしていることを知りショックを受けオーバードースをしてしまうなど心のバランスを崩してしまう。 演劇部の公演を終えた後、泉は小野に誘われ彼の実家に向かいあらためて交際を申し込まれ、葉山への想いと絶望の狭間で悩みながら葉山への想いを断ち切るためその話を受け入れるも、嫉妬深い小野は泉の手帳などを盗み見し、葉山とのつながりを疑うようになり、2人の関係は小野による強引な性交渉の強要により徐々に破綻してゆく。そして、演劇部の後輩の塚本柚子の自殺騒ぎによって、病院に駆けつけた泉と小野と葉山が鉢合わせしてしまい、その直後の話し合いが決定打となり泉と小野は破局する。 小野と別れた泉は、葉山にすがるが、葉山は別居していた妻が帰って来ることを告げる。そして2人は、極限まで愛し合おうとするも、泉は心の奥底で違和感を感じ、葉山にもう会わないようにしようと提案し葉山もそれを受け入れる。 大学を卒業した泉は会社の同僚と食事をしていた際に同席者から持ち物について尋ねられる。その同席者から葉山の真の想いを伝え聞くこととなる。

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小説を3度読み、映画もとても楽しみにしていた『ナラタージュ』。劇場公開中に見に行けなかったので、ブルーレイをレンタルして見ました。劇場で見なくてよかったな、と思うほど大号泣してしまい、140分後見終わったときにはお岩さんのような顔になっていました。有村架純ははまり役だけど、松潤は葉山先生役には合ってないんじゃないかな、、、と思っていましたが、最後には葉山先生は松潤じゃないとだめだったと思ってしまうほどでした。

人のセックスを笑うな

とある早朝。美術大学で友人の堂本とえんちゃんとみるめは、軽トラに乗り走行中のトンネルで変わった女性と出会う。彼女は裸足で片方の靴を持ち、必死に走っているのだった。 女性は終電を逃した上に、靴擦れを起こしてしまったと言う。3人は女性を近くのバス停まで送ってあげた。 それから数日後、講習の合間で一服しに喫煙所へ来たところ、例の女性が煙草を吸っているのを発見。喫煙者のみるめは茫然としてしまい、彼女から火の点かないライターを貰ったが、女性は3人の顔を覚えていない様子。その後、彼女は咥え煙草で禁煙と張り紙がされた構内へと、姿を消したのである。 みるめは女性が気になって、密かに後を追いかけた。すると、女性は視覚デザイン科、リトグラフ研究室で黙々と作品を作っていた。 えんちゃんのバイト先である、映画館へやって来たみるめ。そこへたまたま、例の女性ユリがやって来る。2人は一服しながら世間話をし、話の流れでロバを眺められる喫茶店へ。なんとも和む風景である。2人はそこで、朝まで過ごし別れた。 みるめはユリの教示でリトグラフの体験をしてみる。緻密で同じ作業の反復だが、色の重なりにより絵に変化が現れる。和気あいあいと過ごす内、みるめはユリにモデルをやらないかと誘われるのであった。 ユリの自転車に2人乗りで、彼女のアトリエにやって来たみるめ。アトリエは古い一軒家で、彼はユリに促されるまま照れつつも全裸となり、彼女と関係を持ってしまうのだった。

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永作博美演じる「ユリちゃん」がとにかくかわいいです! ユリちゃんと「みるめ」(松山ケンイチ)の自然体な演技が魅力の作品ですが、 2人の掛け合いはほとんどアドリブとのこと。 たとえば、みるめがユリちゃんのためにウォーターベッドを口で膨らますシーン。 一生懸命に息を吹き込むみるめを横目に、ベッドにダイブするユリちゃん。 そのときみるめのツッコミが飛びます。このやり取りがまあ面白くなくて、 だけどそこがリアルでにやにやが止まりませんでした。 実際恋人同士のやり取りなんて大抵面白くないですよね。笑 だからこそまるで撮影のオフショットを観ているかのような感覚に陥ります。 メイキングインタビューで松山ケンイチはユリちゃんに恋していたと語っていました。 どうりですきな気持ちがビュンビュン伝わってきたんだはずです! みるめに片想いする「えんちゃん」(蒼井優)とそれを見守る「堂本」(忍成修吾)の関係にも注目です。

人魚の眠る家

夫の浮気で別居状態にあった和昌と薫子の夫婦は、娘の瑞穂の有名私立小学校の受験が終わったら離婚するつもりでいた。円満な関係をアピールするため、面接試験の予行演習を待っていたある日、薫子の母や妹たちとプールに行った瑞穂がプールの排水溝の網に指を突っ込んで抜けずに溺れてしまう。和昌と薫子は病院に駆けつけるが、集中治療室に運ばれた娘が脳死状態であることを告げられ医師から厳しい選択を迫られてしまう。もう二度と目を覚まさない瑞穂の臓器を提供するかどうか。他人を思いやれる心優しい我が子を思い2人は一度は臓器提供を決断するが、最期の日、瑞穂の手がかすかに動くのを薫子は目撃してしまう。薫子は判断を覆し臓器提供を拒み、そこから心臓は動き続けるが眠り続ける瑞穂を家族の協力のもと介護しつづける。和昌はIT系機器メーカーのハリマテクスを経営しており、人工呼吸器を外し人工知能呼吸コントロールシステムを装着する手術を瑞穂に受けさせる。さらに社員の協力で瑞穂の筋肉に電気信号を流し手足が動かせるようになり筋肉量も維持していく。そこから瑞穂の体調は良くなり、普通の子がただ眠っているような姿のまま成長していくが、脳死したはずの瑞穂が動くことに気持ち悪がる人間もおり、その偏見の目は瑞穂の弟・生人にまで及ぶ。家族は薫子を思い今まで違和感を口に出せずにいたが、瑞穂の死を受け入れなければならないと考えるようになる。そして瑞穂の体調も急激に悪化し始める。

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同じ娘を持つ親として、色々と考えさせられる映画でした。 長く生きていてほしいと思うのは親として当然のことですが、どんな状態でも生かしておくことは娘の為になるのか、それとも自分の為なのか。 最後の決断の際には、母親にかなり感情移入してやるせない気持ちになり号泣しました。 今健康に生きてくれていることを感謝したいと感じたいい映画でした。

台風家族

2000万円の銀行強奪をし、一時世間を騒がせた鈴木一鉄とその妻・光子の夫婦。 2018年夏、その事件から10年経って、事件後行方不明になった両親の仮想葬儀で財産分与を行うために、鈴木家のきょうだいは集まることを決めました。 妻の美代子と娘のユズキを引き連れて、10年ぶりに実家に帰ってきた小鉄。 鈴木家長男の小鉄は、どんな仕事も長続きしない、忍耐力の無い男。 しばらくすると長女の麗奈が、遅れて次男の京介がやってきました。 そして見せかけだけの葬儀が始まります。 居間の中には大きな空っぽの棺が2つだけ。 待てど暮らせど末っ子の千尋はやって来ません。 とうとう葬儀が終わった時、実家のインターホンが鳴ります。 ドアの外には千尋ではない男が立っていて…。

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最近見たおすすめの映画といえば公開までに紆余曲折色々とあった、草彅剛主演「台風家族」です。予告CMを見る限りでは遺産相続をめぐって長男の小鉄を中心に兄弟達が馬鹿々々しいやり取りをするというブラックコメディーかと思っていました。しかし、両親の思いや小鉄の隠された家族への思いをみるにつけ、映画序盤のやり取りがすべて伏線で、最終的に映画の後半でそれらの伏線が回収されてなんとも清々しい気分でエンドロールを迎えるのです。確かに、現実的ではない部分も多々あり、突っ込みどころが満載で万人に好感をもたれる映画ではないと思いますし、製作者側も承知の上だったと思います。でも、そういった部分を超越して、最終的に泣けるという不思議なファンタジー映画です。一度、全ての先入観を捨てて鑑賞されることをお勧めします。

大いなる遺産

ピップは墓地で脱走した囚人に出会う。彼に頼まれ、食料とヤスリを家から持ち出し彼に与える。また、もう一人別の囚人を見かけたことを彼に教える。その囚人は結局、再び捕まった。 ピップはミス・ハヴィシャムの館に定期的に招かれるようになり、彼女の養女で冷徹な美少女・エステラに焦がれるようになる。義兄ジョーの弟子となった後、ある人物から巨額の遺産(Great Expectations)がもたらされることが判明し、紳士修行のためロンドンへ向かう。ピップは遺産がミス・ハヴィシャムによるものと信じ、エステラの結婚相手として自分を紳士にさせるのではないかと期待する。

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チャールズ・ディケンズ原作のまるで絵画を見ているようなアート感あふれる映画。大富豪の家で暮らす美少女が、幼いころから彼女に惹かれている一人の少年を、一生を通して翻弄する姿がとても印象的。また、この少年が相続することになった「大いなる遺産」の秘密が暴かれた瞬間はとても衝撃的で、登場人物の感情や人生がいろんな形で絡み合い、そのストーリーにどんどん引き込まれていきました。見終わった瞬間に、また見たい、と思う中毒性のある映画でした。

天気の子

伊豆諸島の神津島で暮らす高校1年生、森嶋帆高(もりしま ほだか)は家出し、東京本土にフェリー[注 2]に乗ってやって来た。ネットカフェで暮らすも数日で所持金[注 3]が尽きたため、フェリーで知り合ったライターの須賀圭介(すが けいすけ)を頼る。圭介は姪の夏美(なつみ)と2人で雑誌[注 4]に記事を提供する零細編集プロダクションを営んでおり、帆高は住み込み、食事付きの条件に惹かれ、そこで働き始めた。 2021年(令和3年)夏の関東地方は、異常気象により長期間にわたって雨の日が続いていた。そんな中、一時的な晴天を呼ぶ「100%の晴れ女」なるものが存在するという都市伝説が流れていた。帆高はある事件[注 5]から天野陽菜(あまの ひな)という少女と出会う。その少女こそが晴れ女であり、祈ることで短時間、局地的だが確実に雲の晴れ間を作る能力を持っていた。 陽菜は小学生の弟、凪(なぎ)と2人だけで暮らしており、経済的に困っていた。その様子をみた帆高は、晴れ女の能力で商売をすることを提案し、依頼用ウェブサイトを作成する。「晴れ女」のサービスは次第に評判を呼び、順調に仕事を増やしていく。しかし、神宮外苑花火大会[9]を晴れにする依頼の際、テレビに映ってしまい依頼が殺到したため、サービスを休業した。 帆高には家族により捜索願が出されていたことと、陽菜と出会った時の事件[注 6]での拳銃の発砲が警察に知られていたことから、陽菜や圭介のもとに刑事が捜査に訪れ、圭介からは事務所を追い出されてしまう[注 7]。さらに子供2人だけの天野家に児童相談所が介入することになり、3人が引き離されることを恐れた陽菜と凪は、帆高とともに3人で逃げ出した。

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君の名は、に続き、新海誠監督の作品が気になっており、見に行きました。主人公ほだかの、都会の波に揉まれながら精一杯行きていく姿と、生まれながらに空を晴れさせる能力を持ったひなの対照的な生き方が印象できてした。天気は、誰もが何か、神秘的に感じるもので、体験と照らし合わせながら見ました。人柱と呼ばれる、残酷な昔の慣習が、こうやって現代の物語になっていること、人の感情の揺れ動きと歴史を感じる、不思議な映画でした。

天使にラブソングを

ネバダ州リノのナイトクラブ「ムーンライトラウンジ」のクラブ歌手デロリスは、ネバダ一帯に縄張りを持つ大物マフィアのボス、ヴィンスの愛人。だがある日、ヴィンスが裏切り者を始末する現場を目撃したため命を狙われる。重要参考人として警察に保護された彼女は、ヴィンスの裁判の日までカトリック系の聖キャサリン修道院に匿われることになる。尼僧として振舞うことを余儀なくされたデロリスは堅苦しい生活に辟易するものの、やがて聖歌隊の指揮者を任され、俄然、歌手としての本領を発揮する。自身のノウハウから下手糞な聖歌隊を鍛え上げ、退屈な聖歌をモータウンの楽曲の替え歌にアレンジして派手なパフォーマンスを繰り広げ、保守的で厳格な修道院長との対立をよそに、一躍町中の人気者になる。そして、最初は疎んじていた修道院のシスターたちと、歌を通じて徐々に友情を育み、固い絆で結ばれていく。 しかし、平穏な日々も束の間、警察内部の情報が漏れたことでローマ法王を迎えたミサの前日にデロリスがさらわれてしまう。誘拐の現場に居合わせたために巻き添えでさらわれてしまい、デロリスの機転で逃げ出したシスター・ロバートの報告でデロリスの素性に対する疑いが持ち上がる。修道院長の口から彼女の本当の素性を知らされた修道院のシスターたちは動揺するが、シスター・ロバートの勇気ある進言をきっかけに、例え本物の尼僧でなくとも自分たちを教え導き、歌うことの楽しさや素晴らしさを教えてくれたデロリスを救うべく、一丸となってヴィンスのアジトであるリノのムーンライトラウンジへ乗り込んでいく。 仲間たちの活躍によりデロリスは無事救い出され、ヴィンスは逮捕された。デロリスは仲間たちに心からの感謝の意を述べて修道院長とも和解し、ローマ法王の御前でのコンサートを大成功に導くのであった。

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私が「天使にラブソングを」を見たのは小学校1年生のときです。1度見てからドはまりしてしまい、これまでに60回は鑑賞しています。それぞれの登場人物がとても魅力的で、ストーリーも何度見ても元気をもらい、感動をもらっています。見るたびにパワーをもらえる映画です。わたしの人生においてかかすことのできない大切な映画です。
私がこの映画をみたのは小学6年生の時です。その時見た衝撃が未だに忘れられません。なんと言ってもでてくるキャストの歌声はとても綺麗だし、聖歌って堅苦しいものという認識がなくなりました。大体の人ってこうでなくてはいけないという昔からの決まりを守りたがりますが、この主人公はその人の個性を出し歌う事の素晴らしさ楽しさを伝わえ、私自身も「決まりの範囲内じゃなくていいんだ、もっと私も自分らしくありたい」と思いました。

博士と彼女のセオリー

1960年代のケンブリッジ大学で物理学を学んでいたスティーヴン・ホーキングは、同じ大学で文学を学んでいるジェーン・ワイルドと恋に落ちる。スティーヴンは体が次第に自由に動かなくなり、倒れて医者からALSで余命2年とされる。スティーヴンの親も反対したが、二人は結婚する。 男児が生まれ、ブラックホールに関する博士論文を教授たちから絶賛されるが、体も不自由になってきて、電動の車椅子を使うようになる。「ビッグ・バン」に関する発表はバカバカしいと退場する学者もいたが、喝采を送る学者もいた。ジェーンは勧められて教会の聖歌隊に入るが、指導をしているジョナサンがピアノ教師として家庭に入り、妻を亡くして子もいないことから家庭を支援し、父親の代理のように子どもからも慕われる。三人目の子どもが生まれるが、誰の子かと噂されるようになり、立ち聞きしたジョナサンが「君が好きだ」というとジェーンも「私も貴方が」といいながら離れる。 スティーヴンが仏ボルドーでのオペラに招待され、子どもたちのキャンプのためにジョナサンが呼ばれる。公演の最中に倒れ、死か気管切開かと医者に迫られ、声が出なくなる後者を選択する。「スペリングボード」を使うために有能な看護師エレインを雇い、その後、埋め込みの音声合成器を使うようになる。『ホーキング、宇宙を語る : ビッグバンからブラックホール』が世界的なベストセラーになる。アメリカでの授賞式にエレインを連れていくと突然話したことから、二人は離婚することになり、ジェーンはジョナサンと結婚。 エリザベス女王にスティーヴンとジェーンが一緒に招かれ、『宇宙を語る』は「難しいけど売れている本なのね」といわれる。女王の庭で二人は「私たちが作ったものを見て」という。その前で大きくなった子どもたちが遊んでいる。

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「博士と彼女のセオリー」は、非常に心に訴えかけてくる映画でした。学者である若い頃のホーキンス氏は、研究熱心であり見ていてインスピレーションを受けました。病気になってもひたむきに勉強を続ける態度は、多くの人の心を揺り動かしたと思います。映画の中にあるように、彼のスピーチを聞いた後は心が清々しくなりました。勇気をもらえる映画だったので、観て良かったです。

美女と野獣

3人の娘と3人の息子を持つ商人が、町からの帰り道にある屋敷に迷い込み、そこで体を温め料理にありつくというもてなしを受ける。商人が、「ラ・ベル(フランス語で「美女」という意味の一般名詞)」と呼ばれている心の清い末娘がバラを欲しがっていたことを思い出し、庭に咲いていたバラを摘むと、彼の前に屋敷の主である野獣が現れ、「もてなしてやったのにバラを摘むとは何事だ」と言う。そして野獣は娘を要求した。末娘は身代わりとして野獣のもとに赴き、野獣は娘に慇懃に求婚するが拒否される。 父親が床に臥せっていることを知ったラ・ベルの一時帰郷の申し出に、野獣は嘆きながらも許可を与える。ラ・ベルは一週間で戻ると約束をした。2人の姉は里帰りした末娘から豪邸での生活を聞き、嫉妬して妹を引き止め、日限に間に合わないよう仕向ける。10日目の夜、ラ・ベルは野獣が死にかかっている夢を見、屋敷に戻った。 ラ・ベルは瀕死の野獣に再会し、「これで幸せに死ぬことができる」という野獣に「いいえあなたはわたしの夫になるのです」とラ・ベルが叫ぶと野獣は本来の姿に戻る。

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エマ・ワトソン主演にて、実写映画化された美女と野獣です。 映像がとにかく美しく、野獣やポット夫人やルミエールをはじめとするお城の使用人たちを実写映画であっても全く違和感なく仕上げているところが流石です。 ベラと野獣が少しずつ心を通わせていく様子は美しく丁寧に描かれており、特に二人だけのダンスシーンは音楽も相まって、女の子の理想が詰め込まれているように感じ、思わず引きこまれてしまいます。 最後に野獣から人間へと戻った王子とベラの結婚式のシーンでは、二人だけでダンスを踊っていたホールが町の人々や野獣と同じく人間に戻った使用人たちで埋め尽くされており、幸せがあふれかえっているように感じられます。映像の美しさと物語のベラと野獣の真実の愛で、鑑賞後には心温まって幸せを感じられる映画です。

風と共に去りぬ

舞台は奴隷制が残る1860年代のアメリカ南部・ジョージア州。南北戦争の頃である。 アイルランド系移民で一代で成功した農園主の娘、美しいスカーレット・オハラは、自分と同じ上流階級で長身の美青年アシュレー・ウィルクスに恋をしていた。だがアシュレーは、アシュレーの従姉妹メラニーと婚約していた。「12本の樫の木屋敷」でのバーベキューパーティーで、2人の結婚を知って愕然としたスカーレットはアシュレーに想いを打ち明けるが、アシュレーはスカーレットに惹かれていることは認めながらもメラニーと結婚すると言う。アシュレーが去った後、癇癪を起こしたスカーレットはそばにあったウィルクス家の花瓶を投げつけて壊す。偶然、一部始終を目撃したレット・バトラーは、彼女の生命力にあふれた躍動的な精神に強く魅かれる。 スカーレットは軽蔑する友人達の陰口を聞き、アシュレーへの当て付けのためにメラニーの兄(チャールズ・ハミルトン)が自分に求婚をするように仕向けた。何も知らないチャールズは、スカーレットの思惑通り、南北戦争の開戦のニュースに沸き立つ中で彼女に求婚、スカーレットは後悔しながらも結局結婚してしまう。しかしチャールズは結婚後間も無く戦場に赴き病死。スカーレットは17歳にしてチャールズとの間にできた長男ウェードを出産して、未亡人となる。 ウェードを連れてアトランタに赴き、ピティパット・ハミルトンとメラニーとの新生活を始めたスカーレットの前に、かつて無頼な行為で社交界から締め出されたレットが、彼女が未亡人になった事を聞いて現れる。スカーレットに自分と似たものを感じるレットは、スカーレットが被る淑女の仮面を取り去り、彼女本来の姿を露わにしようとする。またスカーレットも、喪服姿でダンスパーティに参加する等破天荒な行為で周囲の度胆を抜く。

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見たことはなくんても名前だけは聞いたことがあるだろう。「風と共に去りぬ」。ヴィヴィアン・リーが主人公スカーレットを演じた、名作4時間という長い時間ではあるものの、その長さを感じさせない、ストーリー展開、時代や、ヴィヴィアン・リーの美しさ、音楽の美しさ、どれをとっても心に残る。「名作」といわれるには、それなりの理由があると感じた、すばらしい映画だと思う。最後に主人公スカーレットが「明日は明日の風が吹く」といいながら、立ち上がるシーンは鳥肌が立つほどすばらしいし、生きる力をこちらももらえる、すばらしい映画だと思う。

ブラインドスポッティング

黒人の青年コリンは保護観察期間中で、あと3日で期間が終わる予定である。彼は幼馴染みの白人の青年マイルズと一緒に引っ越し業者で働いていた。 ある日、コリンは仕事を終えて帰る途中、黒人男性が白人警官に追われ、背後から撃たれる場面を目撃する。それをきっかけに、コリンとマイルズは互いのアイデンティティや、急激に高級化する地元の変化などの現実を突き付けられる。さらに、かねてから問題児だったマイルズの予期せぬ行動が、あと3日で保護観察期間が終わる予定のコリンの身を脅かすことになる。

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人種差別という重いテーマですが、主役である幼馴染2人(黒人、白人)の軽妙な掛け合いが楽しく、重くなり過ぎずに楽しめる作品です。また、全編を通して挿入される音楽はラップ尽くしとなっており、映像に合わせて音楽も楽しめる作品です。特にラップ好きであれば、ハマる確率が高いと思います。同じ境遇に置かれていても、肌の色が違う(黒い)と言うだけで日々感じる恐怖の度合いが何倍にも増すことを、ラップを混じえながら相手に訴えるシーンは鬼気迫るものがあり、とにかく圧巻の一言です。単純に幼馴染2人の友情物語としても楽しめる良い作品だと思います。上映時間が1時間30分程度というのも、個人的に◯でした。

母と暮らせば

1945年8月9日午前11時2分、主人公の長崎医科大学に通う福原浩二は長崎の原爆で跡形もなく被爆死した。それから3年後、その助産婦を営む母・伸子のもとに原爆で被爆死したはずの浩二が亡霊となって現れる…

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お母さん役が吉永小百合さんです。息子役が嵐の二宮くんです。この映画は息子が戦争に行くことになった映画です。お母さんと息子の愛情あふれる姿に涙が止まりません。亡くなった息子は毎日お母さんのもとに帰ってきていました。お母さんも息子が亡くなったことを受け止められずにいました。最後は息子がお母さんと一緒に天国に旅立つ姿は感動的でした。

万引き家族

東京の下町に暮らす柴田治とその妻信代は、息子の祥太、信代の妹の亜紀、そして治の母の初枝と同居していた。家族は治と信代の給料に加え、初枝の年金と、治と祥太が親子で手がける万引きで生計を立てていた[注 1]。しかし初枝は表向きは独居老人ということになっており、同居人の存在自体が秘密だった。5人は社会の底辺で暮らしながらも、いつも笑顔が絶えなかった。 ある冬の日、治は近所の団地の1階にあるバルコニー状の外廊下で、ひとりの幼い女の子が震えているのを見つけ、見かねて連れて帰る。夕食後、「ゆり」と名乗るその少女を家へ帰しに行った治と信代は、家の中から子どもをめぐる諍(いさか)いの声を聞く。結局「ゆり」は再度柴田家に戻された。体中の傷跡など「ゆり」に児童虐待の疑いがあることを見つけた信代は彼女と同居を続けることを決め、「誘拐ではないか」という亜紀に対して「脅迫も身代金の要求もしていないからこれは誘拐ではなく保護だ」と主張、「ゆり」は柴田家の6人目の家族となった。その矢先、治は職場で負傷して仕事ができなくなる。あてにした労災は下りなかった。連れ帰ってから2か月経っても「ゆり」に捜索願が出た形跡はなかったが、やがてテレビで失踪事件として報じられるところとなって、柴田家の一同は彼女の本当の名前が「北条じゅり」であることを知る。一家は発覚を遅らせるべく「ゆり」の髪を切って「りん」という呼び名を与え、祥太の妹ということにした。回復した治は仕事に戻ることなく、祥太との万引きを「りん」に手伝わせる。

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家族って何だろうと思わざるを得ないシーンが多くありました。 今まさに血のつながりに苦しんでいる人はこの登場した家族のような形態に少し救われると思います。 相手を大切に思う気持ちは血のつながりだけじゃない、血がつながっているから絶対愛されるなんて事はないんだなぁと改めて感じました。 家族に不満がない人も今ある幸せは当たり前じゃないと再確認できる良い作品です。 胸を打つシーンが多すぎて、悲しいのか、悔しいのか、虚しいのか、自分の感情の落としどころが分からなくなる事も多々ありましたが自分の心と深く向き合ういいきっかけになりました。 数か月後、数年後また見た時に自分の感じ方、とらえ方がどう変わってくるのか楽しみです。 何度でも見直したい映画です。

夜のピクニック

全校生徒が24時間かけて80kmを歩く高校の伝統行事「歩行祭」。3年生の甲田貴子は、最後の歩行祭、1年に1度の特別なこの日に、自分の中で賭けをした。それは、クラスメイトの西脇融に声を掛けるということ。貴子は、恋心とは違うある理由から西脇を意識していたが、一度も話をしたことがなかった。しかし、ふたりの不自然な様子をクラスメイトは誤解して…。

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爽やかで気持ちの良い後味だったなーと思える映画で、心理描写も細やかだったので原作が読みたくなって購入しました。出演者の中では、まず郭智博君が、出演時20代にして大人っぽい高校生を演じており、印象に残りました。そして多部未華子ちゃん、当時はまだ大ブレイク前ですが、嫌味のない演技と澄んだ瞳で存在感が光っています。若手俳優が多数出演していて、全体にキャスティングが良かったなあと感じました。
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